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[ゲーム用語辞典]ナラティブ、ドリブン

「ゲーム用語」の新語の方で、いまだ未解決の関係がある「ナラティブ」、「ドリブン」の2つの単語があるので解説していきます。
「ソニー検閲」問題や、「2020年東京オリンピック4K,8Kテレビ」といった大きなテレビ規格の変革の時期で、この2つの単語が今後重要なキーワードだからです。
なぜ、「検閲」がいけない事なのか?といえば、「narratology(物語学)」が壊れるからで、全てのクリエイターが何も作れなくなってしまうからです。

 

(「ゲーム用語」で「ナラティブ」が出た一連の経緯)
(事の発端)(実際に起きた経緯)
(1) ゲーム業界、ゲーム用語での「ナラティブ(Narrative)」は、CEDEC 2013で、スクウェア・エニックスが講演した内容で議論された。
GDC 2012では前年まであった「Best Writing Award」(最優秀脚本賞)がなくなり,「Besy Narrative Award」に置き換わっていたので、これを受けて、スクウェア・エニックスの講演では、「何で?Narrativeに変えたの?そもそも、Narrativeって何だよ」と議論になったのが発端。
結局、この講演では、「誰かNarrativeって何なのか?教えてくれよー」という感じで終わってしまった。

この「Best Writing Award」(最優秀脚本賞)→「Besy Narrative Award」に言い方を変えた原因は、「風ノ旅ビト」、「ICO」のようなゲームが増えてきたので、今までは優れた「シナリオライター(脚本家)」に贈られていた賞だったのが、それでは、全ての作品を平等に扱えないので、「風ノ旅ビト」、「ICO」のように、シナリオライターよりも、作品全体の雰囲気として、「物語」を持っている作品をきちんと評価の範疇に入れる目的でした。
英語の表現で、「Writing」=「書かれたもの」=「書き手優先」、「story」=「脚本家の書いた筋道だったストーリー」、「Narrative」=「語り部の語る物語」ですが、神話など語り部が語る物語の分析手法として、「narratology(物語学)」というのがあるので、「総合的に分析される物語」のような意味合い。

 

(2) こういったゲーム業界の講演は、海外のゲームクリエイターも聞いていたり記事を読んだりしているので、次に、おそらく、これを受けて、GDC2014で、「バイオショック」の作者が、「Narrative Legos」というタイトルで議論して、「Linear Narrative」=「直線的にストーリーが進むゲーム」と、「Player-Driven Replayable Narrative」=「プレイヤーの意思で選択できる一本道ではないストーリーのゲーム」、「Non-Linear」=「直線的ではないようにストーリーが進むゲーム」という言い方をしました。

注意してほしい事は、英語圏の人の「Narrative」は、スクウェア・エニックスの講演で言った「Narrative」ではなく、スクウェア・エニックスの講演の内容の「Narrative」は、「Non-Linear」か「Player-Driven」でしょう?といった感じ。
これ以降、「ナラティブ」という言い方よりも、「ノンリニア(Non-Linear)」か「プレイヤードリブン(Player-Driven)」、「ストーリードリブン」といった表現の方が、よく使われるようになっていった。

 

(自分の解析結果)(以下は、個人的な解析結果なので、一般と違う可能性が高い。冒頭に書いたように、「未解決の新語」についての解析です)
ゲーム業界、ゲーム用語での「ナラティブ(Narrative)」というのは、「風ノ旅ビト」、「ICO」のように、それまでのシナリオライターが強固に作った脚本のしっかりした一本のレールの上を進んで行って、「ユーザーは脚本家の書いたストーリーを追うだけ」=「書き手優先」といった作り方とは違う手法で作られている。
「風ノ旅ビト」、「ICO」には、強固な脚本らしいものは無いのに、「ユーザーは、物語性を感じる」ので、「ナラティブ(Narrative)」という言い方に変えた。(それまでの「Best Writing Award」=「脚本家賞」から)

 

(中国のゲームクリエイターと「道教」の手法に関係があるはず)
この1つの原因が、「Flowery」のように、中国人のゲームクリエイターが出てきた事で、既存のゲーム制作手法とは完全に異なった制作コンセプトが出てきたのが原因。
自分が、このゲーム用語での「ナラティブ(Narrative)」が出てきた時に、1番始めに感じたのが、「中国の道教」の思想で、道教では、日本の禅宗のように、「直接、その物事について語らない」という手法を使うからである。
前にも書いたが、「道」という考え方は、その後の歴史で、中国よりも日本で独自に発展して、「〜道」と名前に付く武芸事の「柔道、華道、書道、剣道、合気道」などたくさんある「〜道」というものは、そのやっている事を教えているわけではなく、「道」の思想や心の方を教えるのが本筋である。
道教の考え方では、「教育の中で、言葉や文字にして教えてしまうとかえって消えてしまう内容の部分がある」事に気が付いて、この「消える部分」を教えて、伝授していくには、どのようにすればいいか?について考えた結果、この「〜道」という「直接伝えない」で、雰囲気や体得させる事で、「文字や言葉にすると消えてしまう」思想や心の方を教えるという哲学が発達した。
それで、「柔道、華道、書道、剣道、合気道」などたくさんある「〜道」というものは、そのやっている事は別々なはずなのに、みんな「凜とした」雰囲気を持っている。

 

スクウェア・エニックスの講演では、日本の「ドラゴンクエスト」が、一本道のストーリーではないフラグ設定の仕組みをすでに作っているから、エンジニア的には、これの事が、「ナラティブ(Narrative)じゃないの?」という講演があったが、英語では、「ノンリニア(Non-Linear)」設計とか、「環境ストーリーテリング(Environmental storytelling)」=「脚本ではなく、環境に置かれた物などからユーザーが、状況や物語性を読み取るタイプ」設計とか言うので違う。

 

また、「ナラティブ(Narrative)」の別の特徴としては、「脚本家の書いたストーリー」と、「ユーザーの口から語られる物語」とが、まったく異なる現象が起きた場合にも、「ナラティブ(Narrative)」=「語られる物語」と呼ばれる。
1番有名な社会現象が、「エヴァンゲリオン」現象で、アニメ自体に、多くの謎や、陰謀論的な含みが多い表現が多かったので、それまでの「脚本家主導」の「物語」設計ではなく、ユーザーの方から積極的に、「ああだ、こうだ」という謎の解析ホームページができたりして、こういうのも、「ナラティブ(Narrative)」と呼ばれる。
「STEINS;GATE」なんかも、そういうタイプになる。

 

こういった「脚本家の書いたストーリー」と、「ユーザーの口から語られる物語」とが、まったく異なる現象が、最近起きるようになってきた原因は、ゲーム機の能力が大幅に向上した事で、「オープンワールド」型のゲームが作れるようになった事だが、「オープンワールド」型のゲームは、フラグの設計の仕方が大幅に違っていて、「ユーザーが好きな順番に解いていける」わけだが、これが原因で、「プレイしたユーザーごとに、事の因果関係がバラバラになってしまった」事で、それぞれのユーザーが「語る物語」が別々になってしまう現象が起きてしまった事が1番の原因である。
人間の脳は、「因果関係」によって、「物語、ストーリーを把握している」ので、「オープンワールド」型のゲームの自由度の高いフラグ設計によって、この「因果関係」が、ユーザーによってバラバラになってしまって、それぞれの頭の中にある物語も、バラバラになってしまっている。
ある意味、設計ミスと取ってもいいし、新しい表現手法と取ってもいい。
「オープンワールド」型のゲームの自由度の高いフラグ設計では、「何かの物を拾う」→「爆発した」という順番になったユーザーもいるし、「人と会話した」→「爆発した」という順番になった人もいるから、みんなが「語る物語」は別々であり、別の印象である。

 

(「メタ発言」は違う)
一方で、「語り」が特徴的な「ICEY」は、「ナラティブ(Narrative)」ではなくて、「メタ発言」と呼ばれる。
「メタ発言」というのは、ゲームや、アニメの作中の人物が、作品を無視して「実際の現実の視聴者の方に語りかけてくる」手法なのだが、多くの場合、作品のイメージが壊れかねないので、あまり好まれず嫌がる人も多い。

 

<プログラミング用語>(ドリブン(Driven))
「ドリブン(Driven)」は、元々、プログラミング用語で、「drive(駆動)」の意味で、「データドリブン(Data-driven)」=「データフロー型処理」とか、「イベントドリブン(Event-driven)」=「ユーザーがクリックしたりする操作の事をイベントと言って、イベントが起きたらプログラムが進行するような設計の事」という使われ方をしていた。

なぜか?最近、この「ドリブン(Driven)」が、いろいろな業種ではやり言葉でよく使われるようになってきていて、2019年5月20日に、国際的な「重さの基準が変わった」わけですが、量子論なんかが主流になってきた事で、こういった「ドリブン(Driven)」のような言い方が重要になってくると自分は、予測しています。

他の業種では、少し違う意味で使われていて、「マーケティング」用語で、「ドリブン(Driven)」がよく使われるようになっています。

 

<「マーケティング」用語>(カスタマー・ドリブン(顧客主義))
「マーケティング」用語の、「ドリブン(Driven)」は、「〜主導の」という意味で、「カスタマー・ドリブン」=「企業が判断をする時に、顧客がまず先に動いている行動パターンを見てから、次に、企業のあり方を決める」という意味です。
これと、逆なのが、「製品主導型」とか「生産主導型」の経営で、ソニーなんかの経営スタイルの事で、「先に製品を作って、ユーザーは、後からついていく」というタイプで、さっきの「ナラティブ(Narrative)」に対比される「Writing」=「書かれたもの」=「書き手優先」に似ているスタイルです。
最近の「マーケティング」用語の、「カスタマー・ドリブン(顧客主義)」に非常によく似た昭和の経営スタイルで、「顧客志向」という「妄想」がありましたが、全然意味が違うものです。
企業というものは、「パテント」などがあるので、「企業内部の会議」と「一般顧客ユーザー」とは隔離されています。
ですから、昭和の時代の「顧客志向」というのは、「企業内部の密室化した会議空間の中だけで、顧客の立場になって社員が妄想してみて、それによって、経営のあり方を考える」というわけのわからない手法が、昭和の時代の「顧客志向」でした。
これに対して、最近の「マーケティング」用語の、「カスタマー・ドリブン(顧客主義)」とか、「マーケティング」用語の方の「データ・ドリブン」というのは、「実際のユーザーの声や意見をデータベース化して、人工知能などで管理して、ユーザーの本音の意見によって、企業経営のあり方を見直す」というやり方の事です。

 

<ゲーム用語辞典>(ドリブン)
・プレーヤードリブン(Player-Driven)
プレーヤーの行動によって駆動されるようにフラグが自由度が高く設置されているようなタイプのゲーム。
プレイするユーザーによって、因果関係がバラバラな順番になりがちなので、日本でいうところの「ナラティブ(Narrative)」と呼ばれる「脚本家の書いたストーリー」と、「ユーザーの口から語られる物語」とが、まったく異なる現象が起きやすい。

 

・ストーリードリブン
ストーリーの進行状況によって駆動されるフラグが設置されているゲーム。
最近では、「ストーリーに突き動かされてから、ユーザーが動く」みたいな意味で使う人もいる。(「マーケティング」用語の変な影響か、「ストーリー主導」型という人もいる)
「ストーリードリブン」型ゲームと書いてあるゲームは、「シナリオライターの自信有り」のような意味が多い。

 

今後、量子論が盛んになってくると、こういった「ドリブン(Driven)」、「トリガー(引き金)(trigger)」なんかが重要なキーワードになってくるはずです。
本来、英語の「driven」は、「driveの過去分詞」なだけなのに、最近では、「マーケティング」用語の影響なのか?「driven(感情が突き動かされる)」のような意味になっている。
結局、シナリオライターや、クリエイターといったものは、いろいろな手法を使って、「感情が突き動かされる」ように作っていかなければいけないわけで、それによって、「優秀賞」とかが出るわけなのに、最近の「ソニー検閲」のような事をしてしまうと、これらの、「narratology(物語学)」が全部壊されてしまって、クリエイターは何も作れなくなってしまうから検閲はダメだ!やめろ!と書いているわけです。
最近さかんになってきた「VTuber」関連制御技術、「VR」技術、「AR」技術は、相互に関連していて、今ある先端技術を生かせば、もっと面白い事ができるはずです。

| 個人解析辞典 | 02:13 | - | - | -
秋葉原の詳細な歴史と「サブカル」文化がどうやって起きてくるか?の解析(歴史の順番から考えるサブカル解析)

 

NHKの「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」というテレビ番組で、珍しく「秋葉原」の語源や起源についての話をやっていたので、自分が知っている「秋葉原の歴史」とつなげて、「サブカルがなぜ?発生するのか?」について考えてみました。
NHKの「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」でやっていたのは、「江戸時代位の秋葉原周辺の様子」についてだけです。
戦後の秋葉原の歴史の順番は、自分の記憶を元に書いています。

 

(「秋葉原」という地名の語源)
「秋葉原」という地名の語源は、今の秋葉原の場所にあった「秋葉神社」が語源です。
「秋葉神社」というのは、日本各地にあって、「火事から町を守る」神様を祀ってあるようで、その理由は、元々、人がたくさん集まる地域では、昔の日本は木造家屋なので、木造家屋を大量に隣接して町が無秩序に自然にできあがっていってしまいます。
そうすると、どれか一軒の家が火事になってしまうと、「町が1つ大火事で消滅する」という大惨事ばかり起きるようになって、懲りもせずに、民間人達は、何度も、同じような木造家屋の大量に隣接した町を作っては全部町ごと燃やすを繰り返していました。
これを、「江戸の大火」とかといって、明治時代に入っても、同じような、「町1つ消滅する大火事」を繰り返すので、現在の秋葉原の地帯は、「火除地(ひよけち)」という、「何も無い非常に大きな原っぱ」になりました。
「火除地(ひよけち)」というのは、火事が、どんどん隣の家に移っていってしまう事を防止する目的で空けている空間の事です。
関東大震災や、東京大空襲の後の東京の都市設計で、「東京の道路の道幅が、非常に幅広い」のは、この「火除地(ひよけち)」の役割があります。
この後に、戦後復興の時代になって、ただの広い原っぱになっていた秋葉原は、都市開発の時に、特に、立ち退きなどの面倒な手続きが必要無いので、「秋葉原駅」を作って、今の「秋葉原駅」の場所にあった、「秋葉神社」は、現在の台東区に移されました。
要するに、「秋葉原駅」自体が、神社です。
今現在もそうですが、「秋葉原駅」のすぐ周辺は、「広い何も無い空間」の区画がありますが、あれが、「火除地(ひよけち)」と呼ばれるものの名残です。

 

(江戸時代などの昭和の戦後以前の秋葉原の様子)
元々、「人々がたくさん集まる」ので、木造家屋が密集していたわけですから、「火除地(ひよけち)」という、「何も無い非常に大きな原っぱ」になった後では、現在の、東京ビッグサイトなどと同じような機能(コミケとかのように)が生じて、「人がたくさん集まる地域の、広い広場」というものは、様々な人が、一時的な事がやりやすい場所となったので、そこに人が集まっては、踊りを披露してチップをもらったり、一時的な見世物小屋を設置したり、原っぱに集まってくる多くの人を目当てにして、様々な娯楽場として機能するようになっていて、これが、江戸時代などの昭和の戦後以前の秋葉原の様子のようです。

 

(昭和の戦後直後の秋葉原の様子)
昭和の戦争が終わると、戦争と、関東大震災と、東京大空襲で、何も無かった原っぱで、現在の秋葉原の辺りの原っぱでは、「闇米」などの販売場所や、特に、戦中に重要だった天皇の声を聞く為の「玉音放送」用のラジオが、当時のはんだは、性能がよくなかったので、はんだが酸化したりして、しょっちゅう通電しなくなったり、ラジオの電子部品のパーツが壊れるので、「ラジオ用のパーツ屋」が、たくさんできるようになって、これが、現在、私達がよく知っているタイプの秋葉原の起源です。
「ラジオ用のパーツ屋」と共に、「無線」のお店が増えました。

 

(昭和の高度経済成長期に入った秋葉原の歴史の順番)
昭和の高度経済成長期に入った秋葉原の歴史の順番を書いていくと、これは、そのまま現在起きている「インダストリー4.0」に続いていく、「第一次、第二次、第三次、第四次産業革命」のそのままの順番をなぞらえているので、経済学や、人類史が文明を発達させていく過程そのものなので、とても興味深いです。

 

(1) 家電産業が売れる時代
戦争で、全部無くなってしまった事と、さらに加えて、戦争で大量に人が死んだので、人口を増やす必要があったので、団塊の世代と呼ばれる人数の非常に多い世代が作られました。
この団塊の世代の為に、大量に、様々な建造物や、家電などが大量に必要となった事で、「家電産業が売れる時代」に突入しました。
なので、秋葉原は、「家電の町」になりました。

 

(2) ソフトウェア産業の時代
「家電」と呼ばれる製品は、1度売り切ってしまって、一通りの家庭に行き渡った後には、次の大きな技術発展(白黒テレビ→カラーテレビ→ワイドテレビ→ハイビジョンテレビ→8Kテレビなど)が訪れるまでは、当分売れなくなってしまいます。
一方で、「ソフトウェア産業」と呼ばれる産業は、この売り切り感が無くて、新しい物を作れば、どんどん売れる産業なので、家電産業の次は、ソフトウェア産業だという事で、ソフトウェア産業が大発展する時代になりました。

 

(3) オーディオ、ビデオの時代(「オーディオの町、秋葉原」の時代)
ソフトウェア産業の初期は、「レコード」、「カセットテープ」でしたが、「CD」という新技術が出た事で、爆発的に売れる時代に突入しました。
この「CD」が、「ソフトウェア産業」の中心だった時期の秋葉原は、現在とは大幅に違っていて、「オーディオの町、秋葉原」という感じの状態で、「CD」と同時に、家電の方の「コンポ」なども売れる時代になって、相乗効果で、ソフトとハードの両方が売れる時代が到来しました。
「オーディオの町、秋葉原」の時代には、「より高音質で聴きたい、ビデオも見たい」という時代になっていて、「ピュアオーディオ(できるだけ、現実に鳴っている状態の音をエンジニアリング的に再現する事の追求)」の追求と呼ばれる時代でした。
この「ピュアオーディオ」の追求の時代があったので、現在の「ハイレゾ」の時代になっています。
この「オーディオの町、秋葉原」の時代では、秋葉原は、「CD、ビデオ、LD」なんかを売る「総合メディア」の店と、「総合家電店」が主流で、ゲーム店は、ほとんどなくて、「総合メディア」の店が、ゲームを置いていたという感じでした。

 

(4) ゲームの町、秋葉原の誕生
ここで、新しく、ソフトウェア産業として、「テレビゲーム」、「国産パソコン」の時代に突入した事で、秋葉原では、「CD店」に加えて、「テレビゲーム」が扱われる時代になりました。
同時に、「国産パソコン」を売る店が急増しました。
「国産パソコン」は、主に、日本の多くの会社が、PC-9801を採用した事で、多くのお父さん達は、PC-9801を買う必要がありました。
これによって、「お父さん向け市場」が急拡大していって、国産パソコン向けの「エロゲ」市場が急拡大しました。
この時期に、多くの「お父さん」の心をつかんだのが、愛娘を育てる育成シミュレーションゲームの「プリンセスメーカー」でした。
一方で、人数の多い団塊世代の子供達の世代が、団塊ジュニア世代といって、これも、非常に人数の多い世代で、この団塊ジュニア世代が、だんだん成人してお金を稼げる時代にも、同時になっていって、この団塊ジュニア世代は、「初代ファミコン世代、初代ガンダム世代」と呼ばれて、テレビゲームや、アニメと共に育った世代なので、この世代が自分でお金を稼げる時期になると、「テレビゲーム」が大量に買われる時代になりました。
この時期には、秋葉原には、「ゲーム店」と、「国産パソコン」の店が非常に増えました。

 

(5) 「エロゲ」規制を決めた時期(「国産パソコン」の消滅の時期)
昔のパソコンは、元々、ビジネス向けだったので、色数は必要無かったので、「お父さん向け市場」だった「エロゲ」といっても、表現能力が色が少ないので、それほどでも無かったわけですが、パソコンの能力が向上していった事で、「エロゲ」の表現能力が上がってきた時期に、「エロゲ」規制をしろという圧力があって、この時期に、「R指定」などの規制が決められました。
実は、私達が現在、「萌え」とか「あざとい」とか呼んでいる状態のものは、この時の規制が原因になっています。
規制をかけた影響で、何とかして、「萌えるポーズ」とか「チラリズム」とかの構図とかを徹底的に創意工夫する必要に迫られて、現在の「萌え」とか「あざとい」とか呼んでいる文化の創造となりました。
一方で、この規制は大失敗に終わってしまって、かえって、現実の世の中が危険になりました。
「お父さん向け市場」にしても、「男性向けマンガ」などにしても、当然、女の子が可愛くないと売れないし、おっぱいもグラビアもアウトなどにすると、大幅に売り上げが下がるだけでなく、「むしろ男性のストレス増大になるだけで、かえって危険になる」わけですが、PTAなどは、これの判断を誤って強行に規制をかけてしまった結果、「仕事などでストレスのはけ口が無くなってしまった」事で、かえって、世の中では、悲惨な事件ばかり増える事となりました。
「規制をすれば安心」と考えるのは、大きな間違いです。
国産パソコン時代のエロゲ産業は、規制前は、「乳首やおっぱいや、女性器などが描かれていたとしても、女性を愛し、女性は可愛いものだ」という趣旨でしか作られていなかったのですが、規制後で、「18禁」シールの権利を取ったからと、メーカーは、「何でも有り」とタガが外れてしまったようで、「18禁」=「エロ」と「残虐」の両方がOKで、許可された!と、「エロ」と「残虐」は常に同時使用されるように変化してしまって、「女性がグチャグチャになって死ぬ」という「エログロ」路線と呼ばれる異常な作品ばかり作るように変化してしまいました。(おそらく、PTAなどに対するストレスから)
この後に、現実の世の中の事件では、「猟奇殺人事件」ばかり多発するようになってしまい、「国産パソコン」時代が急速に終わっていく時代になりました。
「規制」をしたら、本当に安全ですか?という話で、実際には、「規制以降の方が、世の中は危険になりました」
元々は、男性というものは、「女性は可愛いので守るべきだ。グロや残虐は気持ち悪いだけなので、むしろ買わない」というのが、規制前のエロゲや、男性向けマンガなどの路線の主流で、「目一杯女性の可愛さをアピールする路線(たとえ、乳首やおっぱいや、女性器などが描かれていたとしても、こちらの方が安全で正しい)」だったのですが、むしろ規制をかけた事で、「男性のストレスのはけ口が無くなった」事で、世の中は危険になりました。
男性というものは、そもそもが原始時代から外で狩りをしてくるという本能を持っているので、凶暴性、攻撃性の本能があります。
本来は、ここに、本能的に、「女性や巣を守る」本能があったわけですが、PTAのように、あまり理解しないまま、規制だけを一方的にかけてしまった事で、男性に残った本能は、「女性は守らなくていい」、狩りの本能と凶暴性、攻撃性の本能だけ残ったという状態になってしまって、前の規制の時期には、大失敗してしまったわけです。
女性側にとっては、「おっぱい、乳首が見える」などは嫌な事かもしれませんが、これは、発達教育学なんかで、男性側にとっては、「女性は可愛いので守らなくてはいけない」と思う重要な要素なわけです。
まず、幼児期からの発達教育学の順番で書くと、男女は、姿形が大幅に違うので、まず最初に、「男女の姿形の違い」に慣れさせないといけない。
「男女の姿形の違い」に慣れる機会を奪ってしまうと、男女は、お互いに「異質」な部分だけを際立って感じるように成長してしまい、「お互いを受け入れられない」という状態のまま児童は思春期を越え、大人になってしまうと、最悪、同性愛者にしかなれないわけで、そうなってしまうと、社会は、子供が産まれなくなるので、年金制度や税制などは全部崩壊です。
ですから、発達教育学の順番では、どこかの段階で、「男女は性器も含めて形は違うんだよ」という所を見せて慣れさせないといけない。
これを、徹底的に、乳首も、おっぱいも性器も見せたらダメ!とやるのは、「お互いの違いを受け入れられない男女」ばかり増えてしまって、とても危険だと思います。
そもそもが、美術の基本は、全てのお手本である神様の形に似せて作ったといわれる人間という形の完全な模倣と理解から、全ての美術や哲学などはスタートするものです。

 

(6) ゲームとアニメの町、秋葉原の時代
「初代ファミコン世代、初代ガンダム世代」と呼ばれた団塊ジュニア世代が、自分でお金を稼げる年齢になった時期には、この人数の多い団塊ジュニア世代に合わせるようにして、社会の様々なものが作られていく時代に入りました。
団塊ジュニア世代は、ゲームとアニメと共に育った世代なので、このゲームとアニメが大量に売れる時期に入りました。
国産パソコンの主流だったPC-9801を作っていたNECが、「PCエンジン」を出して、これに、「CD-ROM」が使われるようになると、「お父さん向け市場」のPC-9801のエロゲ市場は、「PCエンジン」の「ギャルゲー」市場を作りました。
ここら辺から、本格的に、「萌え文化」の町、秋葉原に変化していきました。
「ゲームとアニメの町、秋葉原」になった事で、家電とは無関係な「フィギュア、アニメグッズ」の店が増え出しました。

 

(7) 「萌え文化」の町、秋葉原の時代
「萌え文化」というものができた事で、「メイド喫茶」なんかができるようになりました。
デジタルハリウッド計画という都市計画ができたりした事で、秋葉原のビルなどが大規模に改修される都市計画があり、「AKB48」や「地下アイドル」のような、「萌えアイドル」文化まで、秋葉原に入ってくる事になりました。

 

(8) 総合「萌え文化」の町、秋葉原の時代
この時期になると、ゲーム販売や家電販売などは、重たい物を持って帰らなくてすむ「ネット通販」の方が主流になり、家電店、ゲーム店などは縮小しました。
一方で、秋葉原は、総合「萌え文化」の町に変化して、「女の子が可愛い」という意味の「萌え」文化だけではなくて、「フィギュア」の店が増えた事で、「模型店」も増えた事で、「モデルガン」とか、「鉄道模型」なども含めた総合「萌え文化」の町になりました。

 

(秋葉原にそっくりな歴史の過程を持つタイ(バンコク)の「サパーンレック」)
「サブカル」という現象が、人類史の社会の中で誕生したり変遷していく歴史の過程を分析するには、日本の秋葉原や、それとそっくりな歴史の過程を持つタイ(バンコク)の「サパーンレック」という町の歴史の過程を研究する必要があります。
タイ(バンコク)の「サパーンレック(Google MAP 13.746944,100.503889)(現在、消滅)」という町は、映画「ブレードランナー」の街のモデルになった場所とも言われていて、「攻殻機動隊」に出てくるようなサイバーパンク感溢れる街だったそうだが、現在は、消滅したらしい。(日本の秋葉原の裏のような場所)
「魔改造屋」がたくさんあり、川の上に違法建築物を建てて、日本の戦後の秋葉原のような闇市場として発展していった。
川の上の違法建築物の街なので、GPSナビなどの公式地図には表示されず、「幻の街」といわれる。
過去のシルクロードや、古代の歴史に出てくる「幻の街(エルドラド、アヴァロン、エリュシオン、ザナドゥ、シャングリラ、ティル・ナ・ノーグ、マグ・メル、桃源郷)」の多くも、同じような原因である可能性がある。
要するに、「訪れる事が、禁忌の街」は、「公式資料や地図に載っていない」という原因。
例えば、神話時代の掟で、「死者の世界と現世との行き来はしてはいけない」などの禁忌がある。

自分の分析では、古代の文献に書かれている「死者の世界」というのは、日本でいうところの、「姥捨山(おばすてやま)」のような場所で、「本当は死んでおらず、”死んだ事にされた人"が、たくさん集められる場所」だと考えられる。
古代の時代では、病気の原因すらもわからないので、「治せない病気にかかっている人」を村においておくと、村人全体に感染して全滅する恐れがあるので、死んだ事にして、殺すのも忍びないので、病人や老いた人を「口減らし(飢餓、飢饉対策の為に、食べ物を食べる口の数を減らす事。要するに、人間を間引く事)」の為に捨てる場所が世界中の歴史で出てくるので、その場所だと思われる。
飢餓、飢饉、病気など古代の人々は、現在のように科学や学術が発展していないので対処しようがなかった。
このように、人間倫理的に、「タブー」な場所は地図に記載されない。

「エルドラド」や、シルクロードの幻の都などは、「黄金が出る」などで、秘匿されていたので、公式の地図からは隠されていて記述されていないのではないか?

 

(「サパーンレック」の歴史)
ちょうど、日本の秋葉原と同じような戦後の経緯で作られた闇市場がスタートです。
戦後で物資が無いので、人々は、闇市場で生活に必要な物を手に入れていました。
はじめは、それ以前には、水瓶を作る工場が近くにあって、運搬用に鉄の橋をかけて、そのまま「サパーンレック(鉄の橋)」と呼ばれるようになった。
水瓶を売る市場があったが、水瓶の中に入れる「金魚」を売る店も一緒に増えていった。
「金魚」を売る店が増えるという事は、「金魚用の電気のポンプ」が必要なので、違法建築物に、強引に、電線を大量に引き込むような様相を見せるカオスな、「ブレードランナー」の街のような、サイバーパンク感溢れる街の様相になっていった。
「金魚」売りなどは、屋台的なものなので、土地が無いが、「川の上」に違法建築物を建ててしまえば、土地の上ではなく「水」の上なので、そのまま放置されて、どんどん増えていった。
「川の上」の違法建築物(バラック小屋大量)に、大量に、「金魚の電気ポンプ」用に違法電線が引き込まれているので、漏電感電事故が後を絶たず、非常に危険!
違法電線がたくさん引き込まれるようになると、ゲーム(海賊版)なども扱うようになり、本当に、秋葉原の歴史とそっくりだが、国の繁栄度と発展途上国との違いで、長い年月が経った後では、秋葉原と、サパーンレックでは大きな文化の差ができる事になった。
ゲーム(海賊版)が扱われるようになった原因は、近くに、ヤワラートというバンコクの中華街(チャイナタウン)があるから。
この「ヤワラー通り」と、「サパーンレック」というアジアン・カオスシティーが、映画「ブレードランナー」の街のモデルになった場所とも言われている。
元々が、戦後の闇市場なので、いろいろな雑貨を扱う店や、食べ物屋の屋台などがある。
闇市場ができるというのは、「国が、国民に対して何も支援できないから」という政策の失敗が背景にある。
国民も生きていかなければいけないので、戦後は闇市場で買うしか生きていけない。
そういったわけで、国としては知ってはいるものの、発展途上国では、違法建築物やバラック小屋などを破壊したり、撤去したりはしてこなかったが、ついに!「サパーンレック」というアジアン・カオスシティーも、2015年10月位に撤去されてしまったらしい。(多くの店は、メガプラザに移転した)
自分も、映画「ブレードランナー」や、「攻殻機動隊」に出てくるようなサイバーパンク感溢れる街並みを、資料的な意味で、「サパーンレック」というアジアン・カオスシティーを見ておきたかったですが、すでに、消滅したらしい。(実際には、闇社会の場所なので行くと非常に危険!なのでやめた方がいい)(発展途上国の海賊版ソフトというのはディスク自体の品質が非常に悪く動かないものがほとんどで、本物が買える日本人には何のメリットもないので買わないように!発展途上国の人が、海賊版ソフトを買うのは「流通していないから」です)
「チャカ」なども売られていたりしたようで、危険なので行かない方がいい。
「サパーンレック」が、秋葉原魂に似た物を持っている部分は、中国や韓国のように、普通に海賊版を売れば楽なのにも関わらず、あえて、手間暇とコストのかかる「魔改造」して、「Mod入り魔改造版ゲーム」にしてから売っていたりする部分にある、変な職人魂のある部分である。
「Mod」というのは、「違法パッチで強引に、新キャラ追加などをする事」で、そのゲームには、本来登場してこないキャラクターが入っている。

 

(「Mod」という概念は、次の時代を「パラダイム・シフト」させる鍵になるはず)
自分の読みでは、「Mod」という概念は、次の時代を「パラダイム・シフト(既存概念の崩壊と、新概念の誕生による切り替わりの時期)」させる鍵になるはずで理由は、現在のゲーム市場は、事実上、PS4と、パソコンのSteamで争っていますが、PS5の時代になると、パソコンのSteamの方にある「メーカー公式Mod」という仕組みによる、「18禁」版提供の仕組みがある分、パソコンのSteamの方が有利になるからです。
世相分析をすると、まず、日本で物が大量に売れるのは、団塊ジュニア世代に合わせた物を作って売らないと、「絶対に、売れません!」
団塊ジュニア世代は、現在、「お父さん世代」に入っていて、「お父さん向け市場」を見据えて製品開発をしなければ売れないわけです。
CEROの仕組みは欠陥だらけで、まず、問題なのは、法律や憲法で保障されているクリエイター側の当然の権利である「表現の自由」を妨害している事です。
しかし、パソコンのSteamにある「メーカー公式Mod」という仕組みによる、「18禁」版提供の仕組みと、「クレジットカード決済(成人しか持てないので、成人認証の代わりになる)」を組み合わせれば、もっとも的確な、規制の仕組みを実現する事が可能だからです。
製品をパッケージ版などで、販売する時には、CEROなどの基準で販売して、「クレジットカード決済」で、成人認証後に、きちんと成人認証されているので、いろいろと文句を言われる必要もなく、「メーカー公式Mod」という仕組みによる、「18禁」版提供の仕組みが組み合わさる事で、法律や憲法で保障されているクリエイター側の当然の権利である「表現の自由」の確保と、「児童の安全を守る事」の確保と、「成人が成人向けの製品を買う権利」の全てを、きちんと全部クリアーする事ができる理想の「表現の自由」の環境が実現できるからです。(というよりも、今のCEROの異常に残虐性だけゆるい基準で買った方が子供は危険になる!)
パソコンのSteamにある「メーカー公式Mod」という仕組みによる、「18禁」版提供の仕組みは、非常に大きい市場を形成するはずで、PS5の時代になると、圧倒的に、パソコンのSteamの方が有利になります。
PS5の時代になると、本体の値段が、それなりに高額になってしまう事が確実なので、「本格的に、成人向けコンテンツについて考えなければいけない時期」に入っています。
自分が言っている意味は、「完全なアダルトをやれ」という意味ではなくて、クリエイター側の表現の自由を大幅に妨害しているCEROの仕組みのままでは、その値段の本体では無理だろうという事と、「美術的なモチーフ」などに徹してやるべきだという主張です。
自分は、美術をやっていたので、美術の基本である、「女性美の追究」、「男性美の追究」なんかは、とても大事な概念で、それらが実現できないのであれば、人類史の文化が死んでしまいます。

こんな感じで、秋葉原という町の発展の歴史と、サブカルが、どのように作られていくのか?の解析をした結果、少し先の未来予測ができるようになるわけです。

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[社会学辞典] 理想郷、ユートピア、ディストピア(管理社会)、楽園、エデンの園、アルカディア

 

<理想郷とは何か?>
(「ユートピア」、「ディストピア(管理社会)」)
元々は、「ユートピア」、「ディストピア(管理社会)」共に、その着想の起源は、古代ギリシアの哲学者プラトンの『国家』という本に書いてあるものです。
プラトンの『国家』では、「理想郷」として、「善人のみの住む国」や「腹黒い政治家は廃止して、本当の賢者のみが国を治めた方がましになる」とかいう話がきっかけです。
ここに着想を得て、後の文学者が、「ユートピア」、「ディストピア(管理社会)」という考え方の小説を書きました。
・「ユートピア」の方は、プラトンの『国家』寄りの、「善人のみの住む国」としての理想郷で、これも、ある意味、「管理社会」です。
「ユートピア」では、「秩序だった世界」が構築されていて、「理性」によってコントロールされています。

・「ディストピア(管理社会)」の方は、主に、ヒトラーの軍国主義などのように、近代国家の「中枢に集中管理される政治」への反発から書かれた小説なので、「悪い側面ばかり多く出た管理社会」の方です。
「ディストピア(管理社会)」では、「人々の言論が封じられ、完全に無個性になって、その中で住む人々は、死んだような目をしていて、ただひたすらに灰色の毎日を繰り返し送っているだけ」です。

 

(楽園、エデンの園、アルカディア(牧歌的))
他の理想郷としては、主に、エデンの園の「楽園」のイメージからの「理想郷」のイメージがあるものがあります。
こちらは、いろいろなタイプがありますが、エデンの園の「楽園」のイメージから、「ヌーディスト」が普通で、わりと、自由奔放に、のびのびと生きています。
神が創造したとされる「美しい裸体」をひたすらに、「神の美の追究」に勤めていく人々など、本来の神学的、審美的美学の社会を構築しています。

 

今回は、「シンギュラリティ(Singularity)」の発生という、「人工知能側が人間の知能を追い越す」事を回避する事を主眼に書いていって、「人間の側の知性、知能の保全と成長」をする為には、どのような事に注意をして、「ディストピア(管理社会)」にならないようにする注意点について書いていきます。
「ディストピア(管理社会)」の管理者側には、「人工知能などの機械」の場合と、「軍国主義、政治家に有利な管理社会などの国家」の場合の両方を想定しています。

 

<ディストピア(管理社会)を構築する原因>
(人の側からコミュニケーション能力、討論、議論環境を奪えばいい)
今の所、自分が見つけたところでは、
・卑猥語、差別用語などの削除
・性器などの表示の禁止
などのような「検閲」のたぐい
これをやれば、
「人の側からコミュニケーション能力を奪う事ができる」
「人の側から討論、議論環境を奪う事ができる」
そうする事で、利益を得る側である、「加害者側の企業、政治家など」側は、「差別を受けた側」などの被害者側の「言論を弾圧したり、暗に封じる事ができます」
しかも、表向きは、「差別用語を削除しよう」などのように、「差別を受けた側」に配慮しているように見せかけながら、現実には、国民にわからないように、言論弾圧を進める事ができます。
一般に、裁判などで「差別を受けた側」などの被害者側が訴えを起こす場合には、当然、証拠となる具体的な差別用語や、卑猥語、性器などの表示をしなければ、「証拠が無い」ので、裁判すら起こす事が不可能になります。
裁判所側は、「卑猥語、差別用語、性器などの表示」があった為に、法律に違反するので、不受理とすれば、一方的に、訴えをはねのける事が可能になるわけです。
このようにして、「人の側からコミュニケーション能力を奪う事ができる」、「人の側から討論、議論環境を奪う事ができる」ようにする事で、「差別を受けた側」や「レイプされた人」などは、証拠の提示ができないので、裁判する権利すら無くす事が可能になるので、こういうやり方は「ディストピア(管理社会)」になるので、してはいけないという事です。
データ処理の過程の検証もせずに、「表向き良さそうな事(「差別用語を使わないようにしよう」、「卑猥語、性器の表示の禁止」など)」を疑いもせずに、全部、鵜呑みにしていくのは、とても危険な事です。

 

(予定調和状態を発生させれば、人間達は議論する事を放棄するので、考えられなくなる)
「予定調和」状態の発生というものは、「ディストピア(管理社会)」を考える為には、非常に重要なキーワードになります。
「予定調和」というものは、「議論してもしなくても、あらかじめすでに結果が決まっていたかのような結論に行き着いてしまう現象」の事です。(普通は、「無難で当たり障りない結論」にしか行き着かない事。「人の意思、意見」はすでに存在しなくなっている状態の事。「ディストピア(管理社会)」完成の1歩手前の社会の事です)

 

(ディストピア(管理社会)を構築するには、法律、約款、規約など「人の行動」に制限をかけて行動できなくすればいい)
単純に、「シンギュラリティ(Singularity)」の発生という、「人工知能側が人間の知能を追い越す」事について考えた場合に、「人の行動に制限をかけて行動できなくすればいい」、「人の側からコミュニケーション能力を奪えばいい」、「人の側から討論、議論環境を奪えばいい」というのが、人工知能側や、ディストピア(管理社会)側に有利な環境を構築するわけですが、人間の側は、自分達で先に、「楔」を自分達側に打ち込んでいて、法律、約款、規約など「人の行動」に制限をかけて行動できなくしているので、圧倒的に、人工知能側や、ディストピア(管理社会)側に有利です。
「シンギュラリティ(Singularity)」や「ディストピア(管理社会)」を回避する為には、「人々の自由な討論環境を奪うべきではありません」
まずは、「討論、議論」が先で、その後に、問題を洗い出してから、「法律を作る」という段取りの次のステップに進むわけです。
逆にしてしまって、「法律、約款、規約」が先にあって、「討論、議論すらもできない環境」を作るという段取りの仕方は、愚の骨頂です。
もし、この段取りだった場合には、「シンギュラリティ(Singularity)」が訪れるのは、劇的に早まって、「ディストピア(管理社会)」の状態に必ずなります。

 

(画一化(standardization))
人間社会における「予定調和」状態の発生とも、深く関係している事象で、「画一化(standardization)」というものがあります。
「画一化(standardization)」というのは、「人間を、みんな同じような状態に強制的、あるいは、無意識にさせていく事」で、主に、軍国主義や、「ディストピア(管理社会)」型国家で行われる事です。

 

(男女平等と無個性化)
「画一化(standardization)」が進むと、「男女平等と無個性化」が起こります。
ここでいう「男女平等」というのは、いい意味ではまったくなくて、管理する側にとって、「個性を持った存在」は邪魔なだけなので、「無個性化」する為に、「男女の区別はせずに、共通の服を着せられる」などのような状態の事です。
現在の同性愛者優遇の風潮は、実は、「ディストピア(管理社会)」型国家が完成しつつあると、「男女の区別はせずに、共通の服を着せられる」などの風潮が見られ出しているとみた方がいいです。
「画一化(standardization)」が完全に進んだ場合には、「完全な男女平等」が実現する代わりに、「全ての人々は、個々の意思を持つ事や個性を持つ事や、個々の考えを持つ事は、すでにありません」
「ディストピア(管理社会)」型国家では、「人間の方が、ロボットのように決められた事をひたすらこなすだけ」の毎日の社会になります。
もう「差別」も「戦争」も「テロ」も無くなり、「死んだような目をした人々が、ただ灰色の毎日だけが永遠に繰り返されるだけ」になります。
この時代になると、「アホな事や下ネタを言っていた人々がいた」とか、町中で、喧嘩で殴り合っていた「人間らしい」人々がいた時代の事をうらやましく思う時代に入りますが、その後には、「それすらも感じる事もできなくなります」

 

(隣組制度(相互監視型社会))
昭和の戦中の日本で、軍国主義の制度で「国民をお互いに監視あいさせる制度」の事です。
国民同士をお互いに監視あいさせて、少しでも変な動きをした市民がいた場合には、憲兵や軍部に通報するように強制していた制度の事です。
現在の「ツイッター」、「SNS」なんかも、この「隣組制度」と同じような環境にある場合があって、もし「隣組制度」と同じような仕組みが存在しているのであれば、「人権侵害」でその仕組みを運用している側を訴える事ができます。
昭和の戦中の日本の、軍国主義の制度の時の「隣組制度」では、表向きは、「理想的でいい制度である」と教えられるのが、「ディストピア(管理社会)」の特徴です。
これは、「隣組制度」は、国民を管理しやすいように、「決まった区画ごと」のグループに分けられており、そのグループごとで、「食料配給」などがされていたからです。
当然、この「決まった区画ごと」のグループ全体が、「もう食糧難の我慢の限界を超えた」として、「百姓一揆」のようにグループごと蜂起する場合がありますが、その場合には、「決まった区画ごと」のグループごと「パージ(社会隔離)」されます。

 

(出る杭は打たれる)
日本の諺で、特に、異常性の高い諺が、「出る杭は打たれる」で、この「隣組制度」の影響が強く残ったままになってしまっているものです。
「はね出した者がいたら、ぶっ殺せ」みたいな、日本の悪い風潮の事です。
「出る杭は打たれる」、「隣組制度」をやって、「画一化(standardization)」を進める事で、ヒトラーなどの軍国主義国家や、「ディストピア(管理社会)」型国家を作っていきます。

 

(日本の「協調性は良い事」という妄想)
日本が世界からかけ離れている善悪論に、「協調性は良い事」だと刷り込まれる間違った教育方針があって、これも、軍国主義時代の名残の悪い風習です。
「協調性」というものは、国民を管理し「画一化(standardization)」を進める上で重要な事で、軍国主義国家や、「ディストピア(管理社会)」型国家側に有利になるようにしてある思想の事です。
一般に、世界中の多くの国々の人々では、ヒトラーなどの軍国主義の経験の反省から、「協調性は悪い事」であるという認識の方が強いです。
「協調性」や「画一化(standardization)」ではなく、「自由に個々の意見を言えるようにする」事で、より幅広い学問、技術、文化の発展を目指すというのが、世界のスタンダードの方です。

 

(「予定調和」世代で、注意すべきポイント)
由来が軍国主義だろうが何だろうが、「1度人々に定着してしまった善悪論や倫理観」というものは、「たとえ、間違っていても」撤廃したり変えていく事は非常に困難となります。
自分のように、勇気を持って、堂々と言う人は、昭和の時代にはけっこういたのに、現在では、ほとんどいなくなってしまって、こういう指摘を堂々とできる人がいなくなってしまうと、「ディストピア(管理社会)」は完成します。

 

(ゆるやかな「ディストピア(管理社会)」の兆候)
人間社会というものは、太古の原始時代から、どこかしらに、「ディストピア(管理社会)」的な特徴を持っていて、それを「社会」といいます。
ゆるやかな「ディストピア(管理社会)」の兆候としては、
・信号機に従っている
・出産の目安が管理されている
これは、あまりにも若年齢や高齢で出産すると、「奇形児」が産まれやすい事が統計でわかっているので、法律で禁止されているわけです。
おおむね、女性の出産適齢期は、「18歳〜35歳」位です。
完全な、「ディストピア(管理社会)」型国家の場合には、「出産適齢期に出産する事が強制されます」(昭和の戦中や戦後すぐがそうだった。戦死者が多く、国民の数が激減してしまって、国の為に働く労働者がいなくなってしまった為。だから、軍国主義型「ディストピア(管理社会)」といわれる)

 

(「ディストピア(管理社会)」の完成と「人々の意思の消失」)
ヒトラーなどの軍国主義時代のように、「外圧によって強制的に、ディストピア(管理社会)を構築しょうとすると、必ず、人々に反発の意思が芽生えて、必ず、失敗します!」
本物の「ディストピア(管理社会)」の完成というものは、「人々の意思の消失」を伴うもので、「ディストピア(管理社会)」の内側にいる人々にとっては、「管理側に有利な事」が、「倫理的に正しい事だ」と信じ込まされていて、「疑ったり反発する心が抜かれています」
わかりやすい例が、昭和の軍国主義時代に、「軍部や国家が、国民を管理しやすいように、国民に刷り込んだ」、「協調性は良い事です」という洗脳教育で、「ディストピア(管理社会)」の内側にいる人々にとっては、「すでに疑うという心すら、自分の内側から削除されてしまっている」事に気が付くはずです。
「予定調和」を形成する、こういったいろいろな「管理側に有利な刷り込み教育」が進むと、「ディストピア(管理社会)」の完成となってしまい「人々の意思の消失」が起こります。
「人々の意思の消失」が起きてしまうと、過去のヒトラーの軍国主義時代の失敗のようにならないので、「ディストピア(管理社会)」が完成した後に、人々が反発する意思や心すら持っていないので、「ディストピア(管理社会)」の完成となります。
自分は、「考えられる人工知能」の設計は、どのようにしたらできるのか?と考えていたので、いろいろと事前に気が付く事ができたわけですが、現在、すでに、人間社会の方では「予定調和」が発生してしまっていたり、「検閲」などによって、「人々がコミュニケーションできる環境すらも奪う」とか、「人々が議論、討論できる環境すらも奪う」とかやっている傾向が見られるので、危険なので警告の意味で書いているわけです。
要するに、「シンギュラリティ(Singularity)」というのは、「人工知能が賢くなったから起こる」のではなくて、「人間側が、自分達で、自分達の脳を考えられない環境に置いている」という側面の影響の方が強いという問題点を指摘しているわけです。

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[情報処理、情報工学、マーケティング用語辞典] イノベーター(Innovators)、アーリーアダプター(Early Adopters)

 

前回のバイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)といった複雑な現象が発生する事象を解析する為に、「マーケティング用語」の「イノベーター理論」を、自分が改良したものを使って、「情報処理、情報工学」や「人工知能」で扱える形状に変更します。

 

([マーケティング用語辞典] イノベーター理論)
「マーケティング用語」の方の「イノベーター理論」というものは、1962年にスタンフォード大学のエヴェリット・ロジャース(社会学者)の考えた理論で、この扱う範疇は、「市場と顧客層の分析」だけです。
Wikipediaによると、エヴェリット・ロジャースは、「顧客層」を、
・イノベーター(Innovators:革新者)
・アーリーアダプター(Early Adopters:初期採用者)
・アーリーマジョリティ(Early Majority:前期追随者)
・レイトマジョリティ(Late Majority:後期追随者)
・ラガード(Laggards:遅滞者)
に分類しました。
しかし、これは、あくまでも、「マーケティング理論」、「顧客層」の分類の話なので、このままでは、「情報処理、情報工学」や「人工知能」で扱える形状になっていないので、次の項目で、自分が「情報処理、情報工学」や「人工知能」で扱える形状に改良した方で解説していきます。

 

([情報処理、情報工学、マーケティング用語辞典] イノベーター(Innovators)、アーリーアダプター(Early Adopters))(我流改良バージョン)
自分が処理したい事は、前回書いたバイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)といった複雑な現象の解析と、人工知能で、その処理が可能になる事と、「人間達が予定調和から脱出して人工知能に勝てるだけの知性、知能を身に付けさせる事」です。
バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)といった複雑な現象を解析する為には、「伝達役である人間達」を単なる「情報伝達物質」として把握して、どのように振る舞うのか?を予測計算、解析する事です。
ちょうど、今やっている人工知能を題材にした「BEATLESS」というテレビアニメのレイシアがやっているような事は、以下に自分が書くような処理の方法で可能になるはずです。

エヴェリット・ロジャースによる分類は、「顧客層」だけですが、それを、「情報の伝達役である人間達」を単なる「情報伝達物質」として把握して拡充するには、これだけではあまりにも不確実です。
そこで、自分の解析の拡充をさらに加えて、もっとあるはずですが、要するに、拡充で重要なのは、「情報処理」、「情報工学」で扱えるように、人間を「情報の伝達役である人間達」を単なる「情報伝達物質」として把握できるようにする事です。

 

分類表の上側から順番に、「先進的である」順に並んでいて、エヴェリット・ロジャースによる分類は、「顧客層」が、「バズ・コミュニケーション」、「バズ・マーケティング」のように情報を伝達して広めていく過程を考察しようという学問だったのですが、自分は、それを大幅に改良して、「人のコミュニケーション、情報伝達の過程を考察する」まで拡大して、「情報処理」、「情報工学」で扱えるようにして、「人工知能」の計算に入れられるように拡充したものです。

 

主に、「情報を発信する側」と、「情報を受け取った側が、その後にどう反応するか?」についてのパターン分析です。
例えば、たとえ、「先端的」な情報発信源だったとしても、「前衛的」、「先端的開発者(エンジニア)」の発信した情報は、ほとんどの人々に理解不能なので、情報は伝わっていきません。

 

「マーケティング理論」では「アーリーアダプター」と「アーリーマジョリティ」の間の壁を、どうやってぶち破るか?です。
「アーリーアダプター」が、バンバン先端的で、面白そうな技術や社会のネタ情報を発信して、「アーリーマジョリティ」にまで届いた情報は、「主流製品」になり得る可能性の道が開いたとみていいわけです。

 

・前衛的
「前衛芸術」などをする人々の事。
主に、「主流の社会の様々な物」を打ち壊すような人々で、どちらかといえば、「アンチ」な性格で行動する人々の事。

 

・先端的開発者(エンジニア)
「世の中に実際に役に立つかどうかはわからない」ような、先端的開発をしているエンジニアの人々。(「カミオカンデ」とか「セルン」とかのエンジニアなど)
エヴェリット・ロジャースによる分類は、「顧客層」だけの分類なので、「全ての人々」の行動を把握して考える為には、情報があまりにも多く抜けすぎてしまっている。

「前衛的」、「先端的開発者(エンジニア)」の場合には、先端的過ぎて、情報は発信しても、ほとんどの他の人々に情報が届いても理解不能だったりして、事実上、情報の伝達が、他の人々まできちんと届かない段階です。(「カミオカンデ」とか「セルン」の論文を読んでもわからないように)
正反対の対局側にいる「アーミッシュ」、「デジタル・ディバイド(digital divide)」の人々の方でも、「情報が届かない」という人々の領域があります。

 

・パイオニア(pioneer)(開拓者、先駆者)
これは、そのままの意味で、「開拓者」で、人類史の歴史の中だと、「大航海時代」、「アメリカ大陸発見と西部開拓時代」、「北海道開墾」などの人々が、「開拓者」で、「まったく未知の領域に対して、命がけで、どんどん進んでいく人々」の事です。
「開拓者」を先祖に持つ末裔達は、アメリカ人など大抵は、未知の領域の「フロンティア(frontier)」に対しての興味や好奇心が非常に強く、「深海探査」、「洞窟探査」、「真空の宇宙空間への冒険」などをするような「パイオニア精神」というものを持っています。
「初音ミク」を作った、「クリプトン」という会社も、北海道にあるので、「北海道開墾」時代の末裔の「パイオニア精神」というものが、アメリカ人が、どんどん未知の宇宙の探査をしたり、未知の先端技術開発をしたりするような精神を持っている事に原因があると思われます。

 

・開発者(エンジニア)
「一般の人々に役に立つ技術」を開発しているエンジニアの人々。

 

・イノベーター(Innovators:革新者)
「一般の人々が、どう思おうが無関係」に、どんどん新しく出てきたものを積極的に採用して使っていく人々。
自分は、この「イノベーター」辺りの性格の人間ですから、「読者が誰もいなくても、どんどん自説を展開して、一般の人々が、どう思おうが無関係に、どんどん進んで行く」タイプの人間です。
好奇心の塊のような人々なので、「一般の人々が、どう思おうが無関係に、どんどん進んで行く」ので、周囲の人々が、やっと理解して追いついたと思ったら、すでに、他の事に興味を持って別の事をしているなど、天真爛漫に見える行動パターンをしていて理解不能。
しかし、自分の場合には、血液型が「AB型」なので、「相反する事でも、共存して自分の内側にある」ので、主な行動パターンは、「イノベーター」ですが、個々の出来事に対しては、「超保守」に対応する事もあるし、強いて言えば、「AB型」の人は、「全部の状態」です。
「AB型」は、「相反する事でも、共存して自分の内側にある」ので、「ディベート」が得意で、「相反する、両方の意見を違和感なく両方理解して、理想的な回答を出す」とかが得意な頭をしています。

 

(「AB型」の性格や行動パターン例)
「AB型」の性格や行動パターンとしては、劇中の設定の血液型は無視して、自分が似ているなと感じるキャラクターでは、「ポケットモンスター サン&ムーン」の「ルザミーネ」とか、「涼宮ハルヒ」シリーズの「長門有希」とかのように、頭はいいが行動が突飛で常人からかなりずれている人が、「AB型」の性格や行動パターンだと思います。(少なくとも、自分はそのような性格や行動パターン)
この理由は、一般の人々の「予定調和」とかの潮流は完全に無視して巻き込まれていない。「全部、自分自身の頭だけで判断している」という特徴から、世間一般の行動パターン(「刷り込み」、「すれている人々」、「テンプレ(雛形)で行動する人々」、「ステレオタイプ」)から、どんどんずれていくわけです。(ある意味、純朴で真っ直ぐとものを見ているから)
「AB型」の性格や行動パターンの他の特徴としては、「食戟のソーマ」の「薙切えりな(劇中設定も「AB型」)」とか、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の「雪ノ下雪乃(劇中設定では「B型」)」のように、ある意味冷たいと感じられるほど、「ズバッ」と物事を言ってしまう特徴があるが、これは、相手の事を思って親切心から言っている事がほとんど。
一般の「予定調和」側の人々は、「たとえ、間違っていると知っていても、形だけ他人に合わせてフォローする」という言動をしてしまうが、「AB型」は、これが「悪に加担している」ように感じて許せないので、「ズバッ」と物事を言ってしまう。さらに、その冷たい言動が元で、自分自身が、いろいろと言われたり、ハブられても、「AB型」は、「まったく気にしない(というか、そもそも他人が眼中にすら入っていない)」事が特徴である。
一方で、一般の「予定調和」側の人々の行動パターンの、「形だけ他人に合わせてフォローする」側の人々は、「フォローはするものの、裏では逆に陰口を言う」など、表の顔と裏の本心が真逆だったりして、本当の意味で怖い内心腹黒い性格の人が普通だが、「AB型」は、「思った事をズバッと冷たいと感じられるほど言うが、相手の事を思って親切心から言っていて、裏表が無く、本音で生きている」ので、表向きの「冷たい言動」と、本音の「相手への思いやり」の「ツンデレ」度がわかってくると、何で?「AB型」が、そのような行動パターンを取るのか?がわかってくる。

 

・アーリーアダプター(Early Adopters:初期採用者)
世の中に新しく出てきたものを、積極的に採用して使っていく人々。
例えば、現在だと、「VOCALOID」、「360度カメラ(RICOH THETA)」、「VRゴーグル(Oculus Rift(オキュラスリフト)など)」、「3D立体視デジカメ、ビデオ、テレビ」などを積極的に使っている人々の事です。

先端的な技術や製品が出てきたら、真っ先に使っていって、「ワイワイ、ガヤガヤ」やって楽しんで騒いでいる人々の集団の事です。(みんなが使う前に、もう使っている)

 

「アーリーアダプター」というのは、「世の中に新しく出てきた技術、社会システム、概念なんかを積極的に取り入れて生活しているライフスタイルの人々」で、どんどん情報を発信するので、結果的に、「ネットで影響力のある人」の事です。
「イノベーター」が、「まったく新しい事を自分で模索しながら新規に作っていって」、それを、「アーリーアダプター」が見て、面白いと思って採用して、「アーリーアダプター」なりの切り口で、世の中に情報発信していく。→次に、「アーリーアダプター」が発信した先端的な情報が、「ネタ」、「バズ」とかになって、世の中に広まっていく。→そして、「アーリーマジョリティ」に採用されだした時期には、マーケティングでは、世の中の主流製品として、今後やっていけるだろうと判断される。というわけです。
「アーリーアダプター」や、「イノベーター」側の人は、「ITリテラシー能力が著しく高い」とか、「SEO対策がわかる」とかのように、「ネット社会で生き残るすべ」というのを熟知している人々なので、「情報の解説がうまい、面白い」などの技能に優れている特徴があるので、「アーリーアダプター」が情報を発信してくれたものは、社会に浸透しやすく、商品が当たりやすいわけです。

 

「マーケティング理論」だと、「アーリーアダプター」の心をいかにつかみ、いかに心に訴えかけていくかで、商品が売れるか?売れないか?が決まってしまう箇所だと言われています。
「アーリーアダプター」が興味を持って飛びついて、SNSやブログなどに、いろいろと書くようになったら、「マーケティング理論」では、第1段階は成功のようです。

 

・「サブカル女子」、「インスタ映え」
「サブカル女子」、「インスタ映え」辺りの人々は、「アーリーアダプター」と「アーリーマジョリティ」の中間位ではないかと思われます。(スマートフォンなどの技術が定着してから、そういった技術を使って、広く楽しんでいる人々)

分類的には、「アーリーマジョリティ」の方に近いのですが、「アーリーアダプター」並みに情報を積極的に配信する人々です。

 

・アーリーマジョリティ(Early Majority:前期追随者)
「アーリーアダプター」が、どんどん使い出して、大丈夫そうだなぁと思ってから使っていくタイプの人々。
「アーリーアダプター」のように、自分達からリスクをおかしてまで新しいものに手を出したりはしないので、自分達からは行動しない人々の集団。

 

・レイトマジョリティ(Late Majority:後期追随者)
周辺の大多数が採用するまで、使わない人々。

 

・ラガード(Laggards:遅滞者)
保守派。そもそも世の中の動きに関心が低い人々で、一般化したらようやく使うようになる。

 

・「アーミッシュ」など
「アーミッシュ」というのは、アメリカとかにいる「中世キリスト教」の状態の生活習慣を厳格に守って生きている人々の事で、いろいろな先端科学技術の製品や、政治などの社会思想、政治システムなどの新しい概念そのものに懐疑的で、まったく採用しない人々。(電気、家電を使わない。自給自足、馬車、農耕、牧畜で生活している)

テレビ、新聞などの悪意に満ちた人々の情報にふれなければ、キリスト教的に、汚らわしい心や情報にふれる事もないので安全に生きられるという思想です。
エヴェリット・ロジャースによる分類は、「顧客層」の分類なので、顧客になりえないこういった「アーミッシュ」などの超保守派の人々は含まれていないので追加した。

 

・デジタル・ディバイド(digital divide)(情報格差)が生じている少数民族などの隔離されたマイノリティ
「アーミッシュ」の人々は、世界情勢で起きている出来事は、けっこう知っているが関心を示さないだけですが、「少数民族などの隔離されたマイノリティ」の場合には、そもそもが、情報から隔離されてしまっていて、情報を知りようがありません。

 

という、こんな感じの性質の大きく異なる人々が、「情報処理、情報工学」の方では、世の中にある「情報」に対して、ある反応を返しながら、伝達していくわけです。
それで、バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)といった複雑な現象が発生する事象の解析には、「情報の伝達役である人間達」を単なる「情報伝達物質」として把握できるようにする必要があるわけです。
自分の考えでは、バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)といった複雑な現象が発生する事象の解析には、「情報の伝達役である人間達」を単なる「情報伝達物質」として把握できるようにすれば、「地球上に住む全ての人類」が、「情報伝達物質」的に機能して、「あたかも、地球1個で、全体で1つの脳である」ような構造になるので、「人工知能側が人間の知能を追い越す」とされる時代の特異点とされる「シンギュラリティ(Singularity)」以降の時代に、人工知能に人間側が勝つ事ができる手法の1つになると考えています。
その為には、「人間社会が現在、形成してしまっている予定調和状態(考える事を放棄してしまった人間の集団の状態)から脱却する必要」があって、さらに、「個々の人々の知性、知能をもっと上げる必要があります」
「攻殻機動隊」の先の未来の話辺りで必要になってくる考え方です。

 

個々の情報は、自分が何年も前に書いた「萌え属性分析」のように、「情報というものは、バラバラに分解していくと、細かい因子や事象でできている」ので、自分の考えでは、「人工知能と、人間の両方の知性、知能を上げた場合の未来では、人間が人工知能の手綱を握りながら、まったく新しい人類史の進化の段階に進む」という、「シンギュラリティ(Singularity)」を越えた、別の次元の未来を想定しています。
「シンギュラリティ(Singularity)」の発生の場合には、「人工知能側が人間の知能を追い越す」ので、運が悪いと、「機械管理型のディストピア(管理社会)」になります。
それを打ち砕く1つの手法が、自分の考えている「人工知能と、人間の両方の知性、知能を上げていく」という手法ですが、肝心な、「人間社会が現在、形成してしまっている予定調和状態(考える事を放棄してしまった人間の集団の状態)からの脱却」が、「検閲」などがある現在の状態では無理でしょう。

 

<関連>
・マイブーム
「マイブーム」が発生している人は、社会動向など無関係に、同じ情報を発するようになる。

| 個人解析辞典 | 21:00 | - | - | -
[情報処理、情報工学、マーケティング用語辞典] バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)

 

「人工知能が間違った計算をする原因」で書いた、「情報処理、情報工学の学問的に、よくわかっていない事象」の
(1) バイラル(Viral)
(2) バズ(buzz)
(3) ミーム(meme)
について、今後、けっこう重要となってくるので説明を書いていきます。
この3つは、非常に、密接にリンクしているので、分けて説明を書いても無意味にしかなりません。

現在のプロが作っている国語辞典の仕様そのものが「縦割り」構造で間違っており、情報と呼ばれるものは、「面的につながっている」、あるいは、「多次元的につながっている」構造をしているので、自分の書いている辞典や記事では、そのような構造になっています。(「百科事典」よりも、さらにもっと有機的につながったような構造でないと、複雑な事象を考える事が不可能になる)

 

([情報処理、情報工学、マーケティング用語辞典] バイラル(Viral))
「情報処理、情報工学」で扱われるデータの分類で、「バイラル(Viral)」に分類されるデータとは、「バイラル(Viral)」の字義は、「ウイルス性の」だが、実際の使われ方は、「中毒性の」、「伝染性の強い」のような意味合いで、「情報が広がっていく状態が、ウイルスが広がっていく感じに似ている」事からそう呼ばれる。
「バイラルムービー」とかの事で、1番代表的なのが、「ピコ太郎」の「PPAP」のような動画の事です。

 

([情報処理、情報工学、マーケティング用語辞典] バズ(buzz))
「情報処理、情報工学」で扱われるデータの分類で、「バズ(buzz)」に分類されるデータとは、「バズ(buzz)」の字義は、「噂になっている」、「みんながワイワイ、ガヤガヤ騒いでいる」という意味で、「情報処理、情報工学」や「マーケティング理論」の方では、「口コミ」に乗りやすい「噂」になりやすい情報の事です。
「バズ動画」=「噂になって急速、大量に広まっている動画」などと呼ばれます。
これも、1番代表的なのが、「ピコ太郎」の「PPAP」のような動画の事です。

 

([情報処理、情報工学、マーケティング用語辞典] ミーム(meme))
「情報処理、情報工学」で扱われるデータの分類で、「ミーム(meme)」に分類されるデータとは、「情報がコピーされながら他に伝達されていくのと同時に変容が起こる情報」の事です。

「遺伝子」の情報というものが、この「ミーム(meme)」と呼ばれる情報のふるまいに非常によく似た性質を持っている為に、「ミーム(meme)」の解析が進めば、「人工知能に人間の魂を入れる」、「人工知能に、人間の脳の構造を移す」という事が可能になるかもしれないと言われている。
「亜種動画」などが大量に存在する事を、「ミーム化される」といいます。
これも、1番代表的なのが、「ピコ太郎」の「PPAP」のような動画の「亜種動画」のような状態が発生している情報の事です。
こういったように、バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)と呼ばれる「情報処理、情報工学」で扱われるデータの分類では、「大体、同時に起こる事が多い事象」で、非常に複雑なふるまいをするので、「情報処理、情報工学」では、うまく処理できない事が多いわけです。
実際には、「初音ミク」や、VOCALOID関係のミーム動画の「Nyanyanyanyanyanyanya!」の方がミーム現象としては優秀で、このミーム動画は、「アッという間に、世界中に亜種に変容しながら駆け巡った動画」なので、「世界中を駆け巡った猫」というキーワードで世界では有名です。

 

(なんで?バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)と呼ばれる「情報処理、情報工学」で扱われるデータの処理が難しいのか?)
人工知能などやスーパーコンピューターなどの「情報処理、情報工学」と呼ばれる学術分野では、通常のデータ、情報は、「犬 dog」のように、固定された意味を持った情報です。
ですから、単純な構造であって計算がしやすいわけです。
しかし、バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)と呼ばれる情報の現象は、「どんどん変容していってしまう」、「一気に拡散する」など、情報処理の計算をする事が不可能なほど、未知の要素が含まれ過ぎています。
バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)と呼ばれる現象が起きた場合に、「マーケティング理論」の方で、この情報、データを扱おうとすると、さらに、「シナジー(synergy)効果」=「相乗効果」が発生して、これらの複雑な反応が、化学の「触媒」のような爆発的な反応を引き起こす事があるので、さらに、計算結果は、未知で不確定になります。
一方で、バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)と呼ばれる現象は、「爆発的に一気に広まって、一瞬で消えて無くなる」事も多いので、計算する事が難しいわけです。
バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)と呼ばれる「情報処理、情報工学」で扱われるデータのふるまいまで、人工知能が処理できるようになると、すでに、人間では複雑過ぎて予測不可能な領域の計算に成功した事になって、人工知能が人間の知性を越えた時期にあたります。

 

(「Nyanyanyanyanyanyanya!」現象の個人的な解析結果)
「Nyanyanyanyanyanyanya!」現象を個人的に解析した結果では、「ノンバーバル(Non-verbal)」というのが、「世界中を駆け巡る」のに重要なキーワードです。
「ノンバーバル(Non-verbal)」というのは、「非言語コミュニケーション」の事です。
「非言語」状態でも、非常にわかりやすかった為に、「Nyanyanyanyanyanyanya!」というミーム動画は、一瞬で、「世界中を駆け巡った猫」という現象になったわけです。
こんな感じで、自分が、「初音ミク」や、VOCALOID関係で、「バズ動画」を作って一発当ててやろう!という人の為に知識を伝授していきます。
バイラル(Viral)、バズ(buzz)、ミーム(meme)は、狙ってできるものではないのですが、「注意すべきポイントの解析」位はできます。

| 個人解析辞典 | 19:13 | - | - | -
[社会学・マーケティング用語辞典] アラサー、アラフォー、80后(バーリンホー)

 

人工知能の処理で1番困る単語に、「アラサー」という俗語があって、「書かれている文書によって、示される対象となっているターゲットの意味が全く変わってしまう」からです。

 

([社会学・マーケティング用語辞典] アラサー(around thirty))
人工知能の処理では、「正確に考えたり、分析させたりする必要」があります。
ですから、「その単語が、何を意味しているのか?」の内訳を正確に把握したり、「細かいニュアンス、背景」などを正確に知った「人工知能処理用の辞典」というものが必要です。
しかし、残念ながら、現在の人工知能は、みんな「犬 dog」という短絡的で、直訳、逐語訳の辞典しか使っていません。
ですから、現在の人工知能は、「正確に考える事ができない人工知能」になっているという原因になっています。

 

(「アラサー(around thirty)」という単語の事の発端)
「アラサー(around thirty)」自体の直訳では、「30代近辺の人」という意味です。
しかし、1番はじめに使われ出した元の文書では、別の意味で使われていた単語でした。
1番はじめに使われ出した元の文書は、2005年11月に創刊した女性雑誌「GISELe(ジゼル)(主婦の友社)」が、「マーケティング用語」として使っていた単語で、その正確に意味するターゲットは、「コギャル世代」=「2006年の雑誌記事の当時で、30代近辺の人」という意味で使われています。
当然、「1990年代半ばを高校や大学で過ごしていた、当時の、コギャル世代」と呼ばれる人達を、「マーケティング」の対象にした記事ですから、「1990年代半ばを高校や大学で過ごしていた、当時の、コギャル世代」も、当然、年をとっていくので、「アラサー(around thirty)」という単語は、もう使えなくなってしまうというわけです。
「コギャル世代」という単語を使ってもよかったのですが、「マーケティング用語」なので、「コギャル世代が、30代近辺のママさんになる時期向けに、必要となるマーケティング用語」として必要だったので、「アラサー(around thirty)」という単語を作ったわけです。

どうして、「アラサー」という言葉で女性雑誌の記事を作ったのか?というと、当時の「コギャル」世代は、「チョベリバ(超very bad)」、「チョベリグ(超very good)」というような、英語を交ぜてもじったような言葉遣いを多くしていたからです。
たしか、テレビか雑誌のインタビューで、「アラサーの語源になった女性雑誌の当時の記事を書いていた女性ライターの集団」が、「ライターの自分達も、当時のコギャル世代なので、普通の記事の見出し語の”30歳前後のママさん必見!おしゃれアイテム”みたいにすると、コギャル世代のママさん世代では、記事が硬すぎて読まないだろう。という事で、”アラサー”という単語を使いました」とかを言っていた気がするので、「アラサー」を作った女性雑誌のライターの方も、「コギャル世代」が作った用語という事らしいです。
ですから、人工知能で「正確に文書を分析したり、考えさせたりする」為には、この「アラサー(around thirty)」という単語の処理は、内部で、具体的な内容を付加する必要があるわけで、自分の場合には、次のように定義付けしました。
要するに、当時の「女性雑誌「GISELe(ジゼル)」の2006年の雑誌記事のアラサー(around thirty)が含まれた記事」を、人工知能に、OCRで読み込ませて、「人工知能の計算で、マーケティング効果などの計算をさせる」時の処理を正確にできるようにする為に必要になる単語の分析というわけです。

 

(2006年の雑誌記事の「アラサー(around thirty)」の正確な定義)
・コギャル世代
・コギャル世代(1990年代半ばを高校や大学で過ごしていた女性達)が、30代近辺のママさんになる時期向けに、必要となるマーケティング用語
ですから、この当時の記事では、「アラサー(around thirty)」は、「30代近辺の女性」の意味で、男性が含まれていない事に注意が必要です。

 

(単語が使われる時期によって「定義や意味が変わってしまう」)
それで、そもそもが、「アラサー(around thirty)」という言い方なので、「30代近辺の年齢の人」という単語の文字面だけの意味で、後に使われる単語に変化してしまいました。
ですから、「アラサー(around thirty)」という文字が含まれた文書は、「人工知能の計算で、正確にマーケティング効果などの計算をさせる」処理をするには、「文書が書かれた年月日」が大事になるという事です。
現在では、当然、「コギャル世代」が年をとってしまったので、「アラサー(around thirty)」という言い方は、「30代近辺の年齢の人」という意味になっています。

 

([社会学・マーケティング用語辞典] アラフォー(around forty))
後に、「アラサー(around thirty)」の言い方をマネて、「アラフォー(around forty)」という言い方も俗語で言われるようになりましたが、これは、そのままの意味で、「40代近辺の年齢の人」という意味です。

 

([中国語辞典] 80后(バーリンホー、パーリンホウ))
中国語でも、似たような言い方で、「世代分け」分析をする社会学用語があります。
中国語では、そのまま、「19XX年産まれ」という言い方をします。
おそらく、1番はじめに使われ出したのは、「80后(バーリンホー、パーリンホウ)」=「1980年代産まれの中国人」という意味で、これは、中国の歴史を考えるのに、非常に重要になる「世代分け」分析の為の単語だったからです。
中国では、「80后(バーリンホー、パーリンホウ)」=「1980年代産まれの中国人」は、「一人っ子政策(初期)世代」という意味で、この世代は、行動パターンが、まるっきり違います。
中国では、共産主義なので、「国の言う事に絶対服従する」というのが、中国の古い世代の常識でしたが、「80后(バーリンホー、パーリンホウ)」では戦後という事もあって、「自由に意見を言う世代」で、共産主義の中国では珍しい行動パターンに映るようです。

 

(その他の「世代分け」分析をする世代の中国語の呼び方)
「后」は、簡体字といって、現在の中国語では簡略化された漢字を使っています。
「后」は、「後」を簡体字にしたものです。
ですから、日本語や、台湾などのように、古いきちんと全部書く漢字を使っている地域では、「80后」は「80後」と書かれる事があります。
「80后(80後)」は、逐語訳では、「1980年後」の意味で、「1980年後に産まれた人」ですが、これでは正確にならないので、「1980年代に産まれた中国人」の意味で、中国人の「世代分け」分析をする為の単語なわけです。

 

60后(60後)(リウリンホウ)(1960年代に産まれた中国人)
70后(70後)(チーリンホウ)(1970年代に産まれた中国人)
(特徴)「70后」は、完全に、「80后」、「90后」とは行動パターンが違うので、ここで大きな分け目ができています。
さらに、「60后」、「70后」は、1966年〜1976年までに起きた中国の政治混乱期の「文化大革命」に、ちょっと引っかかる時期に思春期時代を過ごしていたが、大人になって社会人になった頃には、全て終わっていて、影響が無くなったという、中途半端な時期を生きて経験した世代にあたります。
ですから、性格や行動パターンの特徴としては、日本の「昭和戦後産まれ世代」に似た感じで、「質実剛健で謙虚に生きるが、自由や堅実な経済発展の兆しを作っていった」ような世代で、「耐えるが、謙虚に自分の意見も自由に言えるように、なりつつあった世代」という感じです。
「60后」、「70后」は、「貧しい中耐えて、笑いながら生きているが、自分は耐えて他人には同情する。国からは思春期時代に敵意を刷り込まれて育ったが、許しを学んで、全てを受け入れる」というような、日本の「おしん」のような世代にあたり、要するに、戦争の影響を半分だけ受けて思春期は育ったが、戦争も国の動乱も、大人になったら終わっていて無関係になってしまったような、中途半端な世代にあたります。
ですから、「60后」、「70后」も、大きなグループ分けの線ができています。
「一人っ子政策以前世代」という分類もされます。

 

80后(80後)(バーリンホー、パーリンホウ)(1980年代に産まれた中国人)
(特徴)「80后」は、「一人っ子政策(初期)世代」という意味で、戦後という事もあって、「自由に意見を言う世代」で、共産主義の中国では国や老人から見ると珍しい行動パターンに映るようです。
「一人っ子政策」では、両親が、その1人だけの子供に全部のお金を注ぎ込んで育てられた世代なので、いわゆる「わがまま」、「大量消費」とかの行動パターンを取るので、それで、現在の日本では、「中国人の爆買い」という現象が起きています。
これが、「80后」が、中年になった今現在(2018年)の日本だから、「中国人の爆買い」という現象が起きるだけで、「世代分け」分析も、「マーケティング」もしないで、「日本に、カジノとかを作っても、政治家の「箱物行政」で政治家が土木建築業者と癒着して賄賂とかの事件になって、不良債権になって終わり」です。

 

90后(90後)(ジョウリンホウ)(1990年代に産まれた中国人)
(特徴)「90后」は、「一人っ子政策以降」+「インターネット以降」世代という特徴があります。
「80后」と完全に違う特徴は、「90后」は、「一人っ子政策」の「わがまま」がさらに加速して、「自分が中心に世界は回っていると感じている」、「利己的で忍耐力がない」という性格や行動パターンを持っています。
「一人っ子政策」では、両親が、1人の子供を溺愛する反面、自分のたった1人だけの子供を優秀な大学に行かせようとして、「スパルタ教育」が加速された世代です。
ですから、「90后」近辺の「スパルタ教育」を受けた子供達が大人になった現代(2018年)社会では、「本当に、頭がいい中国人」の世代が社会を回す中年の時期に入っているので、現在の中国大成長期に入っています。

「90后」は、二極化の非常に激しい世代で、「スパルタ教育」で勝ち残った側が、数億円の資産を持つ富裕層になるが、「スパルタ教育」の負け組は、日雇いで、時給200円位の乞食のような生活をするようになる。
しかし、中国の政治家や、「スパルタ教育」で勝ち残った側の富裕層が、不動産で投機をするようになると、自分達の住む為の住居まで不動産価格が跳ね上がってしまって、9000万円位になってしまって、数億円稼いで、9000万円の不動産価格をローンで返して、中国の政治家の不動産投機のいい肥やしになるだけの奴隷のような行動を取ってる馬鹿さ加減に嫌気がさしてしまって、「スパルタ教育」で勝ち残った側から転落する人達もいる。
韓国人も同様にして、財閥が権力を掌握している韓国社会では、「財閥に媚びを売り続けて、上流階級に入って奴隷のように生きる」か、「脱落して貧しく暮らす」かの二極化に分かれてしまう。

「スパルタ教育」で勝ち残った側の富裕層が、さらに稼ぐようになった場合には、危険な遊びに手を出すようになり、「現金で全額一括払いで買った高級スポーツカーで町中を時速250kmで走りまくって暴走して激突事故を引き起こして、駆けつけた警察官を、数百万円の賄賂を渡して追っ払うか、できなければ、その場で、保釈金数千万円を支払って見逃してもらう」
富裕層側に入りたければ、「戸籍」を手に入れなければいけないが、「戸籍」は、現地の土地を所有しているか住所が現地にある必要があるが、中国の政治家や富裕層の不動産投機で土地の値段が尋常ではない程、跳ね上がってしまって手に入れる事が不可能になると、「住む為」ではなく、「戸籍を手に入れる為の住所」を、畳一畳位の土地代金で法外な金を支払って手に入れようとする。
「戸籍」がないと、学校や病院を利用できない。
どんなに努力しようが、「不可能な越えられない壁」が富裕層と貧困層の間にある事が気が付いた貧困層の人々は、やがて働く事も馬鹿らしくなってやめてしまう。

まぁ、こういう「90后」辺りを相手に、日本政府は、「カジノ法」をやろうとしているのだから、必ず失敗する事だけは目に見えている。(中国の世相分析で、破綻する事があらかじめ見えているから)
一方で、2015年に、中国政府が、「一人っ子政策」を廃止したので、この今まで起きていた「1人の子供に両親が全部注ぎ込んで、スパルタ教育で育てる」という事が、2人以上の子供を産む事で家庭の経済難になるので、できなくなるので、この「スパルタ教育世代」の賢い中国人がいた現在の中国大成長期というものは、「つかの間」の発展で終わってしまう可能性が出てきています。

 

00后(00後)(2000年代に産まれた中国人)
(特徴)「00后」は、「両親が、80后前後(1970年代後半〜1980年代前半)の時期」にあたる世代で、「インターネット以降」、「中国の高度経済成長期以降」世代です。
「80后」、「90后」とは、大きく行動パターンが違っています。
日本の世代分け分析で似た特徴にあるのが、高度経済成長期初期の「新人類」と呼ばれた世代に似た特徴が出ています。
要するに、「高度経済成長期初期」に出やすい特徴が出ていて、自由、十分な経済発展を謳歌している世代にあたり、「サブカルチャー(subculture)」が非常に発展している世代です。
「90后」が、「俺だけ、オンリーワン世界」を作って、それが、「サブカルチャー(subculture)」となって、その「サブカルチャー(subculture)」が社会のものとして、みんなで楽しんで遊んでいるような世代です。
例えば、現在、中国語で「萌女郎」と呼ばれる日本の「萌え」文化とは微妙に異なる別の文化が発生しました。
中国語で「萌女郎」と呼ばれる人々は、「自分自身を可愛く着飾って、ネットに画像や動画を載せる人々」の事です。
「萌女郎」が、日本の「萌え」文化と根本的に違う事は、「萌女郎」では、「40代、50代女性の中国人が、少女のような可愛い格好をして、インスタ映え的な写真を撮っている」事です。
このように、「00后」では、「高度経済成長期初期」に出やすい特徴の、「自由」、「経済発展を謳歌」から、たくさんの「サブカルチャー(subculture)」が謳歌されて、若干、奇抜で前衛的なセンスを持つ世代になっています。
一方で、この「00后」以降の「萌女郎」などの「サブカル」好き世代向けに、日本で、「萌女郎」向けの「コスプレして写真を撮れるサービス」などをやれば、けっこう収益が出せる可能性がありますが、「サブカル」というものは、いつまで続くのか?の先を見通す事が困難な分野です。
こういった影響や、最近の日本政府の「観光で稼ぐ」という路線以降に、「秋葉原」、「乙女ロード」までもが観光地化された結果、国をあげた大幅な差別用語の撤廃から、かつては、ネガティブな意味だった単語が、「観光アピール用の用語」のローマ字になって、「otaku」とか、「サブカル」みたいなマイナス要因も含みかねない単語が、ローマ字や、外国人では、「かっこいい」という意味で用いられる時代になりました。
このローマ字化された方の「otaku」とか、「サブカル」関係の外国人向けの観光収入やサービス展開では、けっこう収益が出る時代のようです。
何が違うのか?と言えば、初期の日本への観光ブームでは、「京都」とかの「日本的な文化性の高い場所」へ行きますが、「リピーター」になった外国人は、2回目は飽きてしまう。そうなると、「otaku」とか、「サブカル」関係の「新しい珍しいもの」に興味が行く時期に入って、そちらの収益が伸びているわけです。
ローマ字化された、「かっこいい」の意味で外国人が使っている「otaku」の分析は、後でしないといけないなぁという感じです。

 

(「00后」、「10后」は、新しい「中国人オリジナルの文化」を作れる世代になっている)
「00后」、「10后」の世代の中国人は、それ以前の中国人達と大幅に行動パターンが違う箇所は、「中国人の側から、自分達で新しい文化を作れる」時代になったという事です。
それ以前の中国では、中国近代史の混乱政治の時期の「文化大革命」というのがあって、「中国国民は、自分達の意思を持つ事すらも許されていませんでした」
その影響で、世界中から批判されている「海賊版、マネ事しかできなかった」というわけです。
しかし、「90后」の「スパルタ教育」世代が、中年の社会を回す世代になって以降に、現在の中国高度経済成長期が起きて、「文化大革命」世代の中国の政治家もいなくなってきて、現在では、「中国人は、比較的、自由に意見を言ったり、自由に自分達独自の創作物を楽しめる」という時代が到来したというわけです。
それで、「00后」、「10后」の世代の中国人は、「中国オリジナルの独自の文化や、創作物を作る」という時代になったわけです。
「萌女郎」もそうですが、現在、中国政府が国をあげて、日本の「オタク」文化全体のようなものを作って、経済収益の柱の1つにしようという事が成されているのですが、この結果、日本とは、まったく違う「中国版のオタク文化」の創造となっていて、原因は、当時の日本の「オタク」文化全体と中国人が思ったり、見たりしているものは、「マンガ、アニメ、メイドカフェ、AKB48、コスプレなど」非常に、幅広い物全体を意味しているので、現在、「00后」、「10后」の世代の中国人が新しく作っている中国のオタク文化では、日本とは、全然違う発展の仕方をして、特に違うのは、「コスプレ」文化の違いです。
現在、「00后」、「10后」の世代の中国人が新しく作っている中国のオタク文化の「コスプレ」とは、「AKB48のようなミュージカルが含まれるコスプレ文化」を意味していて、現在の中国では、「しろうとのコスプレ集団が、ミュージカルや演劇までやる」という、日本とは、まったく違う文化を創造している時代になっているのです。

 

(日本語の世代分け分析の為の社会学用語)
とても関連の深い用語で、「日本語の世代分け分析の為の社会学用語」があります。

 

(団塊(だんかい)世代)
1947〜1949年頃の第1次ベビーブームに生まれた世代です。当時は、昭和の戦争の影響で、日本の人口が急激に減少していたので、国が「子供を産め」という事で作られた世代です。
「団塊世代」では、昭和の戦中の「玉音放送」という天皇の声をラジオ、テレビで聞く習慣があった世代なので、「ラジオ好き」、「テレビ好き」の世代です。

 

(団塊(だんかい)ジュニア世代)
団塊世代自体が人数が非常に多いので、その子供の世代の人口も多いという世代です。
「団塊ジュニア世代」では、戦後の復興の中心課題に常になっていて、「子供の世代の人口」が急激に増えた事で、国は常に、「学校の校舎が足りない」、「病院の数が足りない」などという感じで、大きな建築物が大量に作られたので、高度経済成長期になりました。
同様にして、「団塊ジュニア世代」の「大量の子供」用に、「ファミコン」、「初代ガンダム」などの子供向け商品が大量に作れば作るほど売れる時期に入って、「団塊ジュニア世代」の「大量の人間」を追いかけるようにして、それぞれの分野の産業が急激に発展していくという、高度経済成長期が作られました。
自分自身は、この「団塊ジュニア世代」にあたるので、「身の周りにある建築物や商品や文化などが、自分達の団塊ジュニア世代に合わせるように、発展したり増えていく」という不思議な経験を感じながら生きてきた世代です。
「団塊ジュニア世代」では、子供時代が、「ファミコン」、「MSX(廉価パソコン)」で育った世代にあたります。
小学校低年齢時期には、「ファミコン」という物自体が、この世に存在していなかったので、昭和初期のような子供の遊びである「ザリガニ取り」、「鬼ごっこ」、「かくれんぼ」、「缶蹴り」などの外で遊ぶ子供の遊びの方も、よく知っているという特殊な世代です。
「団塊ジュニア世代」では、「ファミコンの誕生から全ての発展段階を見て経験して知っている」世代なので、「テレビゲーム」、「アニメ」といったものは、「空気のように、存在しているもの」という感じで、今で言う所の「オタク」文化とは、まったく感覚が違います。
「テレビ」というのは、戦中には高級品で、戦後に、スタートした技術なので、「アニメ」などのテレビ技術や文化自体が昔は、そもそもありませんでした。
「団塊ジュニア世代」では、「テレビゲーム」、「アニメ」といった文化の発展を、誕生からずっと共に発展しながら見てきたという世代にあたります。
さらに、「1999年」を挟む時期に生きていたので、モチーフとして、「世紀末」、「21世紀の新世紀」といったモチーフが両方存在していた特殊な経験をした世代です。

ですから、「オカルト」と「バリバリの科学考察」の両方を、あまり違和感なく両方を受け入れられる世代です。

自分は、「1999年」を過ぎてしまって、21世紀になったら、もう「世紀末」をモチーフにした作品は作られないなぁと考えていたのですが、実際には、2010年に『世紀末オカルト学院』という、バリバリに「世紀末」をモチーフにしたカオスなアニメが放送されて、びっくりした記憶があります。

「科学的考察」と、本来はデータが欠ける分野の「オカルト」、「卑猥語」なども含めて、きちんと解説してくれている自分の記事は、「全体の社会事情を把握する」のに、とてもわかりやすいはずです。
「データが欠けてしまった情報」というものは、「情報工学」、「情報処理」、「マーケティング」では、何の役にも立ちませんよ。
みんな、きちんと、「男性器、女性器も付いて、神様が産んだ」事になっているわけですから、きちんと、それらを受け入れて、「男性器、女性器などの悩みを、みんな持っているんだ」という所から、「情報処理」、「マーケティング」の話を進めないと、正確な判断や結果が出せないのです。
昭和の世代では、「マイナスを含めて、あるがままを受け入れる」ように生きてきました。
結果として、きちんと、「性病」などの正しい知識も持っているので、安全に生活できる知恵が備わっています。
現在のように、「男性器、女性器」は、「禁止ワードにしろ!言葉にして発言してもいかん!」、「男性器、女性器の写真も動画も全部削除しろ!性行為の動画もいかん!」とやった結果が、現在の日本の性病が爆発的に増えている原因になっています!
「見えないようにしたから」といって、「現実の問題自体が消滅するわけではない」のです。
「バイアスをかけて」、「見えないようにした」という事は、「情報が正確に伝えられる手段を人類は奪われた」、「見て見ぬフリをして、見えないから問題が存在していないように、大きな勘違いが起きた」、「考えないようにした」だけです。
科学者やエンジニア側からは、「考えないようにした」はあり得ない発想なので、「本当に、テレビなどで、男性器、女性器、おっぱい、乳首などを表示してはいけないという判断や対応は正しいのですか?と是非を問う」わけです。

ですから、自分は、「普通の事が普通に起こる状態」は、男性器、女性器、おっぱい、乳首だろうが、そのまま表示するべきだと考えます。

昭和の世代では、「現実のありのままを受け入れる」事で、危険回避ができていたからです。

 

(ゆとり世代)
2002年の「ゆとり教育」を学校で受けた世代です。
この直前の日本の社会の世相では、原因は、よくわかっていないものの、「突然ブチ切れて、ナイフを振り回す子供」、「学級崩壊」という事件が多発していました。
当時の日本政府は、高度経済成長期を迎えて、「学校で子供に教えるべきノルマ」をどんどん増やしていたので、「過剰ストレス社会」になっていて、要するに、「学校教育のノルマが、ブラック企業になっていた」ので、子供達が、「突然ブチ切れて、ナイフを振り回す子供」、「学級崩壊」という事件が多発していたので、国は、「ゆとり教育」を決定して、大幅に、学習内容を減らして、子供達がキレないように、「お遊戯授業」のようにしてみたところ、「著しく知識を持たない大人」、「お遊戯授業で育てられたので、大人になってから、人格が形成されておらず、大人の日常社会の生活の中で突発的に、お遊戯のような事をする大人達の、ゆとり世代」という大人や社会人が大量に出る事態となって、「脱ゆとり教育」に国が方針転換しました。

 

(予定調和世代(2018年現在))(「予定調和」は、自分の個人的な分析で最近注目している社会学の分析です)
これは、今現在、自分が直面している問題で、最近、新入社員で入ってきた人達に共通して見られる特徴で、「過剰過ぎる協調性教育」を受けた「ゆとり世代」の次の世代で、「無難で当たり障りない答え」しか会議で言わないので議論が進まない現象が起きています。

 

(特徴と原因)

「予定調和」世代では、LINE、SNSが当たり前になった時期の世代で、LINE、SNSでの行動パターンの方が、日常生活の行動パターンの方を上回ってしまっていて逆転してしまってる世代です、
LINE、SNSでの発言や友人関係を過剰に意識し過ぎるあまり、「小さな意見を言う事」に対しても、ビクビクしながら生きていて、実際の日常会話や行動パターンの方でも、「意見を言う事自体が悪い事」という行動パターンを持っています。
結果として、「無難で当たり障りない会話」しかできなくなってしまい、新入社員や会社の会議の場所で、全く使い物になりません!
他にも、「予定調和」世代では、「自分の意見」、「自分の魂」すらも脳から削除されてしまったような人生を送っていて、「自分の自由な意見」を言う事すらも、だんだんできなくなっていきます。

「予定調和」世代では、「みんなの顔色を見ながら、ビクビクしながら生きていて、自分自身の行動は、みんなの顔色の結果だけを見て決めている」、「自分自身が本当にやりたい事がある場合には、隠れてやる(普通の事でも)」という変な行動パターンを取ります。

韓国なんかでは、「スマホ中毒」とか「SNS中毒」と言われる人達に起こる症状です。

「インスタ映え」、「SNS映え」を意識し過ぎるあまり、「SNS」では、自分自身を盛り過ぎて(例えば、化粧、学歴、プロポーションをSNS写真加工で偽造するとか)しまっており、「本当の自分自身とは、どんどん解離していってしまう」結果、普段の日常の普通の素顔の生活を見られないように意識して行動するようになります。

自分なんかの場合には、昭和の世代なので、もっとオープンな時代だったので、まったく正反対の方向性にいって、「表裏が無い人間」、「思った事は全部言う」というか、「必要の無い事まで、心の声が全部、だだ漏れ状態の人」なので、SNS世代の人にとっては、羨ましがられる性格です。

 

「予定調和」世代の人が、「無難で当たり障りない意見」しか言わないという事は、言い換えれば、「体裁のよい責任回避をしている」だけで、「自分だけは安全な場所に居続けよう」という行為です。
ですから、会社や社会人になった後では、かえって「叱られる」わけです。
政治家の詐欺事件の「忖度(そんたく)」と同様に、「自分だけは安全な場所に居続けて」責任回避行動を取りつつ、危険な事だけ他人にやらせようとする詐欺手法と、「予定調和」世代の人が、「無難で当たり障りない意見」しか言わずに、「自分だけは安全な場所に居続けて、体裁のよい責任回避行動をしている」というのは、全く同じ事です。


「予定調和」世代では、「無難で当たり障りない答え」しか言わない特徴がありますが、自分の世代からみると、かなり不自然で、「バイアスがかかっている」=「社会的な誘導や思考操作、洗脳のたぐい、あるいは、奴隷を調教する手法」のように見えるので指摘しているわけです。
ちょうど、最近、NHKのニュースで、「現在の大学生達に、憲法改定の是非について聞いてみましょう」とやっていたのですが、「憲法改定の是非について、どう思いますか?」という質問なのに、通常ならば、「9条があるので、平和憲法を守ってほしい」とか、「憲法も一部変えてもいいんじゃないか」とか言う答えを、インタビュアーの人は想定していました。
しかし、現在の「予定調和」世代と自分が分析している大学生の答えは、「憲法改定の是非について、どう思いますか?」と聞いたら、「自分の世代では、LINEとかがあるので、友達関係があるので、憲法の議論とか、社会問題とか政治問題とかで、友達関係が壊れるのが嫌かなと思って、議論しません」という答えが返ってきて、インタビュアーの人や、テレビ番組のアナウンサーが面食らっていたという感じの現象の事です。(要するに、「答える」、「自分の意思を持つ、表明する」という行為自体が、自分自身の脳から削除されてしまっている世代です)
ちょうど、中国共産党の言論弾圧を受けた世代の中国人達が似た環境にあるのですが、それでも、中国政府のする言論弾圧は、見えないように削除するだけで、「実際の中国人達は、バンバン好きな事を言っている」ので、だいぶ違う感じです。
ちょうど、「ディストピア(管理社会)」という学問があって、それが発生すると、今の日本の「予定調和」世代のように、「自分の意思を持つ、表明する」という行為自体が、自分自身の脳から削除されてしまっているような状態になるので、自分自身は、この日本の「予定調和」世代の行動パターンが発生している社会システムは、かなりまずいんじゃないか?と直感しています。
ヒトラーや軍国主義国家などの手法が、「言論弾圧」を外圧的に強硬でやると、「必ず反発が起きます」ので、これでは、「ディストピア(管理社会)」を作成するのに必ず失敗します。
ですから、「ディストピア(管理社会)」の学問では、「国民や市民の本人達の自分達の意思だ」と錯覚させる方法で、「思考誘導」という事を行いますが、それが、今、日本で起きている「予定調和」世代の脳の中というわけで、「自分の意思を持つ、表明する」という行為自体が、自分自身の脳から削除されてしまっているような状態です。

 

原因は、まぁわかっているのですが、アメリカで、FBI初代長官の「エドガー・フーバー」という人がいて、当時、「エシュロン(Echelon)」という全国民監視システムを作って、「アメリカを管理社会にする」という社会構想がありました。
「エシュロン(Echelon)」というのは、どちらかというと、「オカルト」案件で、例えば、警察にマークされていないような一般の人物まで含めて、未知の誰かが殺人事件などを起こした時に、その「エシュロン(Echelon)」に入力すると、全国民監視システムなので、過去の全ての人の行動までトラッキングして追跡できる機械の事です。(当時の技術で理屈で不可能なので、オカルト、オーパーツ的な扱いになっているしろものです)
ただ、現在の私達の時代には、「エシュロン(Echelon)」として扱える技術は、すでに揃っていて、私達が、「スマートフォン」と呼んでいる機械や、「フェイスブック」とか、「ビッグデータ」と呼ばれるものです。
要するに、「予定調和」世代以降の人達は、知らない間に、「エドガー・フーバー」がやろうとしていた「管理社会」、「全国民監視システム」を使っているが、「エドガー・フーバー」はすでに死んでいる。
自分が、「バイアス(bias)がかかっている」と指摘しているように、現在の「スマートフォン」なんかで「管理社会」、「全国民監視システム」の遺物で残ってしまっている「バイアス(bias)がかかっている」ものを日常的に空気のように使い続けていると、「バイアス(bias)をかけた人」の「善悪論、正義論、倫理観の刷り込み」が可能なので、「国家管理しやすいように、思考誘導されてしまっている」のではないか?という原因が思い当たる所です。
自分の昭和の世代では、「エドガー・フーバー」も「エシュロン(Echelon)」も話題になったので、当時は、「国による全国民監視システム」反対!とかいう声が多かったので知っているので、判断ができるので安全なわけですが、知らない世代では、「思考誘導」が簡単にできてしまうようで、非常に!危険だと思います!(「自分自身の意見を言う」ように積極的に努力しないと、「予定調和」世代のように「自分の意思を持つ、表明する」という行為自体が、自分自身の脳から削除されてしまっている世代になってしまいます!「自分の意見」、「自分の魂」は、自分できっちりと守りましょう!)

 

(「予定調和」世代では、相手に同調する言葉に過剰に反応する)
「予定調和」世代では、「それな」、「そだねー」のような相手に同調する言葉には過剰に反応する特徴がみられる。
「それな」は、元々は、ツイッター用語で、関西の人が、「ほんまそれな〜」を省略しただけなので、度を超えて変な俗語ではない。
ツイッター、LINE、携帯電話、SNSなどは、単文しか書けない仕様だった事や、文字入力をする事がめんどうくさい事もあって、また、相手とは、チャット状態に近かったり、遠慮の要らない相手同士なので、どの単語でも、大幅に省略される。
「そだねー」は、「そうだね」の意味で、ピョンチャンオリンピックで、銅メダルを取った「カーリング女子」の試合中の選手同士の会話から話題になった北海道弁というか、北海道北見市近辺で使われている方言で有名になりました。
SNS世代の俗語の発生の特徴は、「LINEなどで身内だけで使っている言葉」が、ツイッターなどでも使用した結果、「全国」に向かって発信されていって、「知らない地方の人達」では、意味不明の俗語だが、みんな使っている(ように見えるから、SNSだと小コミュニティー内だけのはずが、全国中が使っているような錯覚に陥る)ので使うようになった。という感じの流れで、俗語が定着していく過程があります。
他にも、「しれっと」とか、「あざとい」とかのような本来は一般ではあまり使用されなかった語彙が、一気に、主役級の頻度で使われるようになった単語とかも、似た経緯でなります。
自分の分析では、「それな」、「そだねー」は、どちらも、同じ特徴で使われていて、LINEとかの「それな」は、「既読スルー」していませんよ。という意思表示です。
「そだねー」は、カーリングでは、指揮官にあたるスキップと、ストーンを投げる側の距離が、45mもあって、現地では、選手同士は点のようにしか見えないので、「そだねー」は、「手旗信号」と同じで、「遠距離間で、きちんと意思が伝わっているよ」と反応を返す必要があるので、機能的に使われている言い方であって、「日常会話」ではありません。
要するに、「それな」、「そだねー」のどちらも、「同じ用途で使われている」というのが自分の分析結果です。
しかし、見ている側や関係無い人からみた時に、「予定調和」世代では、相手に同調する言葉に過剰に反応するので、もっといろんな俗語が発せられているのに、「それな」、「そだねー」だけ市民権を得たという感じです。(「同調」のスタートの原因となっているのは、「フェイスブック」の「イイネ!」ボタン)
問題な事は、「予定調和」世代では、相手に同調する言葉だけしか言わず、それで安心してしまうのか、具体的な意見を言わないので、会社の会議とかで、同様の事をすると社長などに滅茶苦茶叱られます。
例えば、会社やエンジニアの会議で資料を渡して見せて、「それな」だけ言って、そのまま返されるようなイメージで、ですから、現在の「予定調和」世代の「無難で当たり障りない事しか言えない」新入社員は、実際、会社の会議で、何の役にも立ちません。
「同調」するという事は、「自分の意思を捨ててしまって、相手に丸投げにしてしまっている」行為で、脳の構造として、けっこう危険で、「だんだん、本当に自分の脳で考えたりできなくなってしまって、さらに、自分の意思や魂すらも無くなったような状態になってしまいます」

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[社会学、情報工学用語辞典] 予定調和(よていちょうわ)

最近、自分が調査している謎単語で、「社会学用語」の方の「予定調和(よていちょうわ)」という単語があって、これは、一般の辞典には、あまり載っていないのですが、俗語でもないような変な場所に、はまり込んでしまっている単語です。
この「社会学用語」の方の「予定調和(よていちょうわ)」という単語は、「情報工学」、「人工知能」なんかを考える際に、非常に重要なキーワードになる予感がするので、今回は、この単語について書いていきます。

 

([哲学用語辞典] 予定調和(よていちょうわ))
この単語の元の本来の意味は、「哲学用語」の「予定調和(よていちょうわ)」です。
残念ながら、自分では、哲学用語は完全には、うまく理解できなかったので、「Wikipedia モナド(哲学)」にあるのが、本来の用法です。(元々、「哲学」は、ただの「思考実験」なので理解できなくて当たり前だが)
自分の理解した範囲で書くと、
元々は、古代ギリシャの哲学者のレウキッポス(紀元前440−430年頃)、デモクリトスなんかが、「この世にある全ての物質は、どんどん半分に切っていったら、最後は、”分割不可能な最小の状態”になるはずだ。それを、ἄτομος(英語の、「アトム(atom)」=「原子」)と仮に名付けよう。この仮の思考実験用のἄτομος(英語の、「アトム(atom)」=「原子」)があったと仮定した場合の事を議論してみよう。」というような雑談がありました。
それから、およそ2000年位経ってから、哲学者・数学者・神学者のライプニッツ(1646年〜1716年)が、モナド (Monad)という哲学思考実験用の仮の因子を想定して、おそらく、物質とか魂などを、「アトム(atom)」と同様に、「これ以上分割できない最小単位」にまでしたとして、それを、「モナド (Monad)」と名付けましたが、1番の違いは、「モナド (Monad)」には、「他と関わりを持つ為の窓のようなものは存在していない」と仮定した議論になっている事です。
「これ以上分割できない最小単位」の状態の「モナド (Monad)」が、「他と関わりを持てない」という因子だった場合に、しかし、現実の物質や魂など、ほとんど全てのものは、「他と影響しあったような調和した状態を作っている事が多い」ので、「なんで?他と影響する事が不可能な因子なのに、他と影響しあったような調和が作られるのか?」を考えてみましょう。みたいな哲学思考実験です。
ライプニッツは、「他と関わりを持てない因子が、仮にあったとして、理屈では不可能な、他と影響しあったような調和を作った場合には、”予定調和”と呼びましょう」という感じにしたようです。
キリスト教なんかの神学では、「物質でも魂でも何でも、神様が作ったので、その最小因子の状態では、神様が設計したような調和したふるまいになるはずだ」みたいな話になるようです。

 

([社会学用語辞典] 予定調和(よていちょうわ))
今回調査している謎単語の方の「社会学用語」の方の「予定調和(よていちょうわ)」は、もの凄い昔から、主に、「社会学、政治」なんかの話で使われている用法です。
「社会学用語」の方の「予定調和(よていちょうわ)」とは、
・誰もが予想していたように物事が運んでいって、誰もが予想していた、そのままの結果で終わるような状態。(あたかも、結果が先に決まっていたかのように(しかし、「出来レース」ではない))(要するに、「無難で当たり障りない」結果にしかいかない状態の事です)
・結論が、はじめから決まっていたかのように、「無難で当たり障りない」結果、「ありきたりの結果」にしかいかない状態の事(しかも、口裏を合わせる、などしていないのに)(「ありきたりの結果」だから、前回書いた「フラグ(flag)」に似ているが違う。「テンプレ」とも違う)

 

しかし、「予定調和(よていちょうわ)」と表現されるには、必ず、「含まれなければいけない要素」がいくつかあります。

(含まれなければいけない要素)
・誰も事前に議論や、口裏を合わせる、などしていない。
・出来レース、八百長、談合は完全にしていない。

 

具体例をあげた方がわかりやすいので、例えば、次のようなケースが、「予定調和(よていちょうわ)」で、
「震災で被災者が助けてもらった人々に、学校のクラスで歌を歌いましょう。となった時に、いろいろな意見が出たはずなのに、気が付いたら、議論が終わってみたら、”童謡のふるさと”を歌う事に結果がなった」(無難な結論以外には、ほぼ絶対にいかない)
まぁ、要するに、「1番つまらない結果にいく」という状態で、「みんなビクビクして動けない状態になっていて、”無難で当たり障りない”事しかできなくなってしまう現象」の事です。
これは、けっこう、情報工学では、致命的な現象で、「生身の人間がいるのに、議論が成立しない」状態で、「忖度(そんたく)」、「斟酌(しんしゃく)」があると、「議論は無意味となり、議論は無視して結論は先に決まっています」
「忖度(そんたく)」、「斟酌(しんしゃく)」は、政治の手法では、詐欺の一種で、しかし、「談合」のように後は残りづらいわけです。
本来の「忖度(そんたく)」、「斟酌(しんしゃく)」は、悪い意味の言葉ではなくて、「日本人の思いやりの心」などの方のいい意味のはずですが、そんなものまで使って詐欺をするのが政治の世界です。

 

(日本人は全員「ニュータイプ」だ!)
このような古来からの日本の美学の文化として、「思いやりの心」、「慮る(おもんぱかる)」、「忖度(そんたく)」、「斟酌(しんしゃく)」など、いろいろな他人を気遣う心遣いが、結果として、仇となって、「予定調和(よていちょうわ)」のような最悪の状態が生じてしまっています。
主に、日本の社会で起こる「予定調和(よていちょうわ)」という現象は、「誰も議論すらもしていないのに、(全員、勝手に心の読み合いをして)決まった結果に導かれる」現象なので、日本人は全員「ニュータイプ」だ!と言えるでしょう。
「予定調和(よていちょうわ)」の結果自体は、「誰もが納得いくような、無難で当たり障りない結果」にいくので、必ずしも悪くはないのですが、一方で、こういった「無難で当たり障りない結果」というのは、「人工知能でも出せる答え」なので、すでに「人工知能」が活躍する21世紀の時代では、「予定調和(よていちょうわ)」的な結論の「無難で当たり障りない結論」というのは、考えられる人間の結論としては、ほとんど無意味になってしまって、人間の価値が無くなってしまいます!
「予定調和(よていちょうわ)」が怖い所は、「人間が、考えるという行為や意思を放棄してしまう事」です。
また、前に自分が、「考えられる人工知能を作ろう」で指摘した、「考えられない集団」の現象が起こるのが、「予定調和(よていちょうわ)」の状態です。
ですから、「予定調和(よていちょうわ)」という単語は、「情報工学」や、「人工知能」の研究のキーワードに、非常に重要になってくるキーワードだと自分は考えています。

 

(「予定調和(よていちょうわ)」の発生する原因)
どうして、このような、「日本人は全員「ニュータイプ」だ!」という事や、「予定調和(よていちょうわ)」という現象が起きるのか?というと、「武道」では「形(かた)」、「ディベート」では「プロトコール(protocol)(儀礼)」という話に関係があります。
「武道」の方がわかりやすいので「形(かた)」の説明を書くと、例えば、日本の戦国時代の「兜」には「つの」がありますが、あの「兜のつの」は、飾りで付いているわけではなくて、「刀の軌道を封じる為のもの」です。
もし、「兜」が、「オートバイのヘルメット」のような形をしていた場合には、「刀の斬り合いでは、まず、急所を狙いにいく」わけですが、1番の急所である「頭を真っ二つに斬りにいった場合に、オートバイのヘルメットのように丸いと、頭を斬りにいって逸れた刀の軌跡で、相手の肩や腕を、そのまま斬り落とす事が可能です。ですから、兜につのがあれば、刀が引っかかってしまうので、その瞬間に、相手を斬り殺せるので、”斬り合いをする前から、負ける刀の軌跡がある”というわけで、これを封じるのが、武道の形(かた)と呼ばれるものです。要するに、「軌跡がわかりきっている、正確なスナイパーショットほど避けやすい」というわけです。」
一方で、「兜のつの」にあたる部分は、「銃弾の時代になると、跳弾が起こるので、むしろ、ヘルメットは丸く、弾道をそらしやすい形になった」というわけで、「起きる前から、結果を変える」という手法です。
この「起きる前から、結果を変える」という事の、「読み合い」を、武道、戦闘、議論、ディベートでは行っているわけです。
人の会話や議論、「ディベート」においても、「武道」の「形(かた)」のように、「ディベート」では「プロトコール(儀礼)」と呼ばれるものがあります。
「武道」では、「斬り合い、殴り合い」にあたるのが、人の会話や議論、「ディベート」では、言葉というか「理屈、理論」などで戦う言葉の戦い、論理の戦いにあたるわけですが、科学の理論とは違って、正解がはっきりわからない一般の議論においては、「武道」の「形(かた)」のように、「ディベート」では「プロトコール(儀礼)」と呼ばれるものができあがっています。
「プロトコール(儀礼)」というのは、主に、「外交儀礼」、「マナー」と呼ばれるもので、「複数の文化の違う国で、タブー、マナーの根本概念がそもそも違う国同士の外交官が、相手の国に失礼の無いように、事前に調査しておいて、外交官のマナー教育としてやるのが、プロトコール(儀礼)教育です」
要するに、「プロトコール(儀礼)」というのは、「行動や思考の可能範囲が、相当に狭くなる」ので、「予定調和(よていちょうわ)」という現象が起きてくるわけです。

 

<社会的な脆弱(ぜいじゃく)性を抱えるのが、「予定調和社会」>
一方で、人間同士の会話や議論で、「予定調和(よていちょうわ)」という現象が起きるという事は、「人の思考誘導、洗脳が可能になる」事も意味しているので、「予定調和(よていちょうわ)」という現象が起きている社会では、「社会的な脆弱(ぜいじゃく)性、セキュリティーホールが空いたままの社会システムを構築している」事になり、「ディストピア(管理社会)」の学問では、けっこう危険な状態にあるのが、「予定調和社会」と呼ばれるものです。

「予定調和(よていちょうわ)」という現象が発生している社会システムを構築してしまっている国では、「簡単に、人工知能や機械側に、人間が誘導されやすい社会システムとなっているので、いわゆる、機械管理型ディストピアの完成」です。
ですから、自分は、「予定調和から脱却しろ!人間は考えろ!」と言っているわけです。

 

([情報工学辞典] 予定調和(よていちょうわ))
ですから、自分は、あらたに、「情報工学」用語としての、「予定調和(よていちょうわ)」というキーワードに非常に重要性を感じたので、新規に、「情報工学」用語としての、「予定調和(よていちょうわ)」という単語を作りました。(世界中で、自分しか使っていない用法なので、注意!)
・「予定調和(よていちょうわ)」とは、「原因があって、結果がある」という「因果律」の法則を無視したようにふるまう「情報工学」の現象で、「あたかも、結果が先にあったかのように、結果が先に固定されているような現象や議論」(要するに、人間がすでに絶滅している未来で、人工知能に、「2011年の東日本大震災でお世話になった人々に、人工知能が、歌を歌って感謝の意思を表明しよう」というテキストが未来に自動で入力されるように設定しておいたら、人工知能が、「童謡の”ふるさと”を歌う」という事を決定した。という感じの状態が、「予定調和(よていちょうわ)の結論」です。「人の意思、意見」は、まったく存在していなくても、同じ結論にいくような無難な結論の事です)
「情報工学」というのは、前に、「バイラル(Viral)、ミーム(meme)、バズ(buzz)」で説明した事があるように、「情報」というのは、独特なふるまいをします。
ですから、「バイラル(Viral)、ミーム(meme)、バズ(buzz)」と同様に、「予定調和(よていちょうわ)」というキーワードも、「人工知能」を設計したり、「人工知能に人の魂を入れる」ような設計をしたりする場合には、非常に、重要になってくるキーワードです。
「人工知能に人の魂を入れる」ような設計の場合には、「予定調和(よていちょうわ)」という「情報工学」の現象が発生してしまった場合には、「致命的な設計ミス」で失敗です。(魂の消失と思っていい)
自分の計算では、「情報工学(人工知能、人のコミュニケーション能力に関して)」、「社会学(人間の行動パターンに関して)」の「予定調和(よていちょうわ)」の現象が、どんどん進んだ先の未来では、「ディストピア(管理社会)」が完成します。

 

<「予定調和(よていちょうわ)」が起きてしまう原因>
・過剰過ぎる協調性教育(無難で当たり障りない意見しか言えない人の増産。最終的には、「議論できない人間、考える能力を持たない人間」の増産となるので、これが大量に増えると、「ディストピア(管理社会)」が完成します。要するに、「人間の側が、ロボットのような、決まり切った受け答えしかしなくなる社会」の事です)

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[コンピューター、小説家用語辞典] フラグ(flag)、フラグ回収、フラグを折る、死亡フラグ、恋愛フラグ

 

 

<主な意味>
・フラグ(flag)(シナリオ分岐用の管理に使う内部の目印。伏線)
・フラグ回収(伏線を回収する。伏線が達成される)
・フラグを折る(立ったはずのフラグを無効化してしまう事)

 

([コンピューター用語辞典] フラグ(flag))
主に、RPG、アドベンチャーゲーム、恋愛アドベンチャーゲーム、エロゲのゲームを作る時のクリエイター側の単語で、「フラグ(flag)」というのは、そのまま「旗」の意味で、「ある条件が整った事を示す目印」の事です。
例えば、RPGの制作では、「あるシナリオ上重要なキャラクターと会話する(あるいは、洞窟や宝箱の鍵を「持っている/持っていない」の判定など)前と、後で、町中の人などの会話文の内容を全部変えないといけませんが、それを作るには、何かのコンピューター的な内部の目印が必要で、それの事を、フラグといいます」
例えば、「洞窟の入り口の鍵を持っている」事を、「フラグが立っている」といって、その状態で、洞窟の入り口に辿り着くと、「洞窟の入り口を開けるパーティーメンバーの会話シーン」に飛ばすとかをやるわけです。

 

([小説家・シナリオライター用語辞典] フラグ(flag)、フラグ回収、フラグを折る)
現代のように、「小説、マンガを書けば、ゲーム化する」という「メディアミックス」が前提のご時世では、RPGでも何でも、シナリオを書いたりする場合には、この「フラグ(flag)」に注意しながら書くようになってきました。
ですから、大昔の小説家の用語にはなかった、「フラグ(flag)」という単語が、「小説家・シナリオライター用語」として登場する時代になりました。
大昔の小説家の用語で、ほぼ同じ意味の単語は、「伏線(ふくせん)」です。
小説家の方で、後で、こういう展開にしたいので、その前段階の展開を組んで書いてある部分を、「伏線を敷く」といいます。
「伏線」が実際に機能する場面がくれば、「伏線を回収する」といいます。
なんで、こういう言い方をするのか?というと、小説家やシナリオライターの書いている当時の自分の頭の中には、「想定してあったストーリーがあった」のですが、長々と書いている内に、「張った伏線」のいくつかを忘れてしまったりして、意味の無いまま残ってしまう場合があるからです。
ですから、作家の方に、担当編集の人が、「伏線の回収は終わったの?」とか聞くわけです。
当然、「伏線になりそうな事」を書いておいて、実際には起こらないというストーリーもあるので、その場合には、「ツンデレ的展開」になって、「何か、気持ちがモヤモヤしたまま終わる話」になるようにしたりする事もできます。
「小説、マンガを書けば、ゲーム化する」という「メディアミックス」以降の小説家や、シナリオライターの用語では、「伏線を回収する」という意味の事を、「フラグ回収」といいます。
昔の小説家の「伏線を回収する」と、「メディアミックス」以降の小説家の「フラグ回収」では、根本的に意味が違う箇所があって、「フラグ回収」とうのは、それが、ゲームのシナリオ化も想定しながら書いている小説なので、「昔の小説家では必要が全くなかった、”分岐ストーリーの伏線としても考えながら設計して、シナリオを書いている”時代になった」という事です。
ですから、あえて、RPGとかのコンピューター用語の「フラグ回収」という言葉を使って、「分岐可能なストーリー設計としての、伏線」の意味です。
ですから、「フラグ回収」という小説家の意味は、「立てたフラグを、きちんと回収できた分岐ストーリー」の場合だけ、「フラグ回収した」と用いて、別の分岐の場合のストーリーの場合には、「現段階では、まだ、フラグ回収できていない」と表現して、ですから、後に、まだ、その「フラグ回収」用のストーリーを別のタイミングでフラグ回収できるストーリーを考えなければいけません。

 

(分岐ストーリー作成の「フラグ」の具体例)
例えば、「恋愛アドベンチャーゲーム」や「エロゲ」で、1番はじめの「恋愛フラグ」イベントで、「遅刻。遅刻ぅ〜」とヒロインが食パンをかじりながら走ってきて、曲がり角で、男性にぶつかるシーンが、「フラグ1(不意の出会い)」イベントです。(不意に出会っているという目印)
2番目のシーンで、「食パンをかじりながら走っていた」ヒロインは、転校生として学校の教室で紹介されるシーンです。
先程の、「フラグ」イベントが発生していない場合には、「ここではじめて出会う」ようにストーリーを書かなければいけません。
3番目のシーンで、転校生として学校の教室で紹介されるシーンの直後に、先生が、「あそこの席が空いているな。お前はあそこに座れ」と言われて、主人公の男性の横の席に座って、「こんにちわぁ」というシーンがあった場合には、はじめの「フラグ1」回収です。
「フラグ1」回収されたので、「フラグ2」を立てて、次の伏線になります。
ここで、「フラグ1」回収にならない分岐を選んだ場合には、この「フラグ1」は生きたままなので、別の分岐のストーリーを書かなければいけません。
例えば、「こんにちわぁ」の後に、「主人公は無視する」の選択肢を選んだ場合には、「親しくなっていない」ので、「フラグ1」は生きたままにしておきます。
「フラグ1(不意の出会い)」回収して、「親しくなった場合」に、「フラグ2(親しくなった)」を立てて4番目のシーンで、「じゃあ学校を案内してやるよ」とかいうシーンがあって、案内中に、ヒロインに野球ボールがぶつかって、保健室に連れて行く分岐になって、保健室で、「エロゲ」のシーンになった場合には、「そのヒロインエンドの終わり」とか、そういう感じの作りになっているわけです。(早すぎだろ!)

 

このようにして、何度も、「フラグ回収」に失敗し続けた選択肢をユーザーが選び続けた場合には、ネタもつきるので、いわゆるバッドエンド的な方で、「立てたフラグを無効にして壊してしまう」事があって、それを、「フラグを折る」といいます。
「フラグを折る」とは、要するに、「伏線は作ったが、この伏線は使わない」意味になり、シナリオライター側は、「そのフラグに対しての後のストーリー作成から解放される(ネタを思いつけば、再び再開する)」というわけです。

 

([俗語辞典] フラグ(flag)、死亡フラグ、恋愛フラグ)
このように、現代のように、「小説、マンガを書けば、ゲーム化する」という「メディアミックス」が前提のご時世で、小説家や、シナリオライター用語で、「フラグ(flag)、フラグ回収、フラグを折る」などと使われるようになった以降では、読者、視聴者、ユーザーの側からは、「フラグ(flag)、フラグ回収、フラグを折る」は、「現実の世の中で具体的に対応する場面」で使われるようになって、別の意味で使われるようになりました。
読者側からすると、小説家の作る伏線には、ある程度の決まったパターンがあって、「このシーンが出たら、ほぼ伏線なので、結果は確実にこうなるだろうと予測できる」という状態を、「フラグ(flag)」だと言うようになりました。
小説やゲームで重要な分岐点の伏線は、ほとんどが、ゲームの「死亡フラグ」と、恋愛アドベンチャーゲーム、エロゲの「恋愛フラグ」なので、この言葉が「現実の世の中で具体的に対応する場面」で使われるようになりました。

 

(死亡フラグ)
例えば、「俺、この戦いが終わったら故郷へ帰るんだ」といった発言をした人は、映画やマンガでは、ほぼ死ぬので、「死亡フラグ」だろと言われる。
現実で、そういう発言を冗談で言って、「それ、死亡フラグだからやめろ!」とかいわれる。

 

(恋愛フラグ)
例えば、マンガで、「遅刻。遅刻ぅ〜」とヒロインが食パンをかじりながら走ってきて、曲がり角で、男性にぶつかるシーンがあった場合には、最終的に、この2人は恋仲になるので、「恋愛フラグ」と呼ばれる。
現実の世の中でも、ある状況が揃うと、「あ、恋愛フラグが立った」と思うシーンがあるので、そういう使われ方をするようになった。
逆に、「恋愛フラグを折る」という現実での使われ方は、現実の恋愛で、「恋愛フラグ」と呼ばれる「いい雰囲気になりそうな事」が起きているのに、相手が鈍感だったりして、その「恋愛フラグ」に答えずに無視し続けるような人がいた場合には、「恋愛フラグを折られた」と表現する。(「ふられた」とは意味が違って、「相手は、恋愛感情にすらまだ気が付いていない段階」の事)
「恋愛フラグを折る」という言い方は、主に、失恋などの重傷の場合には使われないで、「片側、あるいは、両側共に、恋愛に鈍感な間柄の男女」の場合に、はたから見ていて、「恋愛フラグを立てまくっているのに、恋愛フラグを次々に折りまくっている」のが、はたから見ておかしいので、そういう場合に使う。(何で?お前らは、恋愛フラグをあんなに立てまくっているのに、次々に、恋愛フラグを折りまくるんだよ。早く、くっつけよみたいな時に使う。まわりがやきもきしている状況)
主に、現実で使われる時には、恋愛ベタな人が、将来結婚できるかな?みたいな話をしていて、「希望」、「期待」的な意味合いの時に、「恋愛フラグを折る」という言い方が使われる。(「私、知らない間に、恋愛フラグを折っている」とかいうような使われ方)

最近の世の中では、特に、日本の教育においては、過剰過ぎる協調性教育の結果、「予定調和」の傾向が強く出てしまっていて、昔と比べて、今生きている人の人生の選択肢の幅が大幅に狭くなっている事が背景にあると思われる。(「予定調和」世代では、ある行動をすると、結果は、ほぼ決まってしまう。無難で当たり障りない行動しか選べないので)

 

<「フラグ(flag)」に関係の高そうな単語>
・予定調和
・トリガー(trigger)

 

<関連>
([メカトロニクス用語辞典] トリガー(trigger))
「フラグ(flag)」、「伏線」に非常によく似た「メカトロニクス用語」に、「トリガー(trigger)」=「引き金」=「トリガー因子」と呼ばれるものがあります。
メカトロニクスでは、ロボットや人工知能を制御する時に、何かの「きっかけ」=「引き金」を合図にして、動作をさせていて、それを、「トリガー(trigger)」=「トリガー因子」と呼んでいます。
要するに、「きっかけ(引き金)になる信号」の事です。

 

([医学用語辞典] トリガー因子)
医学でも同様にして、何かの「きっかけ(引き金)になる事」が原因で、大きな病気を引き起こすので、そのきっかけとなる要因の事を、「トリガー因子」と呼んでいます。

 

<「トリガー(trigger)」に似た関連語>
・引き金
・きっかけ
・合図
・信号

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[武道用語辞典] 残心、残身(ざんしん)

最近は、アニメやゲーム、SFの謎単語の調査をしていて、自分の所で調査しているのは、そのアニメにしか出ていない設定用語の事ではなくて、「共通して使われている語彙」で「一般の辞典には載っていない単語」の調査です。
子供の頃からアニメや特撮を見ていて、1番謎だった意味不明なシーンの「敵を倒した後に爆発する」シーンの正式名称は、「残心、残身(ざんしん)」というようです。(「爆発するアレ」、「リア充」の事ではない!)(「ニンジャスレイヤー」とかのやつ。「辞世の句を詠め」→「サヨナラー(爆発)」)

 

([殺陣用語辞典] 残心、残身(ざんしん))
一応、アニメやゲーム、特撮の謎単語を調査しているので、「殺陣用語」の方から説明します。
「殺陣(たて)」というのは主に時代劇で刀の振り回し方の演技指導をする事です。
殺陣師の方では、演技指導なので、間違った意味で、「残心、残身(ざんしん)」の意味を使っている事が多くて、「斬った人、斬られた人の、微妙な心が残る変化を表現しなさい」と言っている事が多いのですが、これは、本来の武道の方の「残心、残身(ざんしん)」とは言わず、完全に、間違っています!
「斬った人、斬られた人の、微妙な心が残る変化を表現しなさい」という正式名称は、「ト書き(とがき)」の方でしょう。
「ト書き(とがき)」は演技台本に書く、そのシーンの登場人物の「心の中」を書いたり、「急いでドアを開けながら入ってきて」とかいう様子を書いたりして、役者や声優への「細かい指示出し」が書いてある部分の事です。

 

([武道用語辞典] 残心、残身(ざんしん))
主に、剣道、弓道、空手などの武道の用語が、本来の意味の「残心、残身(ざんしん)」です。
武道でいう「残心、残身(ざんしん)」とは、
・勝負が決まったと思えるほどの会心の一撃が決まった後でも、「気を抜かない事」、「他の敵からの反撃があるかもしれないので、さらに、神経を研ぎ澄ませて、”反撃に備える事”」です。
・(剣道、空手では)「反撃に備える姿勢を取る事」。もし、「反撃に備える姿勢」を取っていない場合には、得点にならない。
・(弓道では)矢を放った後に、相手の反応を見極めて、常に気を抜かない事。ですが、最近の弓道ではなぜか?矢を射た後に固まってしまう事が多いですが、これは、おそらく正式な武道ではないでしょう。
弓矢の場合には、剣道、空手とは違って、「相手が動物であったり、遠距離の敵をスナイパーのように狙撃する」方の役割なので、「矢を射た後に、動いてしまって、ガサガサと音を立ててしまったら、鳥や動物に、矢が当たっていなかった場合には逃げてしまうし、敵兵の人間がいた場合には、狙撃手というのは、近距離戦の敵は天敵にあたって、”常に、見つからずに身を潜めておく必要がある”為に、弓道の残心の動作では、「不用意な音を立てないように、しばらく固まったままでいる」という事のようです。
要するに、武道でいう「残心、残身(ざんしん)」とは、「こちらの攻撃が終わった後でも、気を抜かずに、常に、反撃に備える姿勢を取り続ける事と、集中力を途切らせないままでいる事」です。
非常に残念な事に、「2020年東京オリンピック」でやる予定の競技の、「競技空手」、「スポーツ空手」の対戦相手と戦うタイプの方の空手では、この剣道、弓道、空手の正式な武道で行われる「残心、残身(ざんしん)」=「一本決まった後に、反撃に備える姿勢を取る事」が作られなかった場合には、得点を取り消すという事が成されておらず、「スポーツ空手」では、「一本取って、ピッと笛が鳴った瞬間に、選手が、ピョンピョン飛び跳ねてしまって、雄叫びをあげたり、ガッツポーズをしたりする」ので、ああいうのは、正式な日本の武道とは言いません。
「残心、残身(ざんしん)」=「一本決まった後に、反撃に備える姿勢を取る事」が作られなかった場合に、得点が取り消される理由は、そもそもが、「一本」という得点は、「実戦で勝負が決まった」時に与えられるのが、「得点」の意味なので、剣道であれば、「面、籠手、胴」に真剣の刀がぶつかった時には、例えば、籠手であれば、「相手の手首から先が切り落とされて吹っ飛んでいる」ので、「実戦で勝負が決まった」と見なされて、得点となるわけです。
しかし、「残心、残身(ざんしん)」=「一本決まった後に、反撃に備える姿勢を取る事」が作られなかった場合には、現在の、「スポーツ空手」のように、「一本取って、ピッと笛が鳴った瞬間に、選手が、ピョンピョン飛び跳ねてしまって、雄叫びをあげたり、ガッツポーズをしたりする」と、実戦では、敵の援軍の反撃にあって、雄叫びをあげれば、敵に見つかるし、ガッツポーズをした手は切り落とされてしまったり、ピョンピョン飛び跳ねていたら、いい的になるだけなので、そのような行為が見られた場合には、「両者死亡した」と見なされて、「得点は取り消されます」
正式な武道では、あくまでも、「一本」という得点は、「実戦で勝負が決まった」事を想定して判定しているわけで、「勝負が付いた後に、反撃に備える心構えや姿勢が取られていない」という、いわゆる、「残心、残身(ざんしん)」が作られていない場合には、得点は取り消されます。

 

([アニメ・特撮用語辞典] 残心、残身(ざんしん))
ようやく、本題の「アニメ・特撮用語」の「残心、残身(ざんしん)」の説明ができますが、子供の頃からアニメや特撮を見ていて、1番謎だった意味不明なシーンの「敵を倒した後に爆発する」シーンの正式名称が、この「残心、残身(ざんしん)」のようです。
具体的に、どのようなシーンかというと、「日本のアニメ、特撮で、独特な表現である、敵を倒した後に、敵を背にしたまま攻撃した側は動かなくなって、その直後に、背後で敵が大爆発する」シーンの事です。
要するに、「かなりの手応えがあった」ので、「背後の敵には、それほど注意する必要がないので、敵には背を向けている(が、反撃は見えていなくても音などで回避できる状態にしておいて)状態で、さらに、他の敵の援軍などの反撃に備える為に、周囲を警戒して、神経を研ぎ澄ませてピリピリしている様子」の状態の事です。
他に多いパターンが、「一騎打ちで、両者が切り抜けた後に、両者共に、残心の状態で止まった後、片側だけが倒れる」というシーンも、この「残心、残身(ざんしん)」のシーンのようです。
この「一騎打ち」の「残心、残身(ざんしん)」のシーンを作る正確な順番を書いていくと、
(1) 両者、ほぼ互角の実力である。
(2) お互いに、最後の一撃にかける決心をする。
(3) お互いに、切り抜ける。
(4) 両者、「かなりの手応えがあった」と感じて、敵に背を向けたまま止まって、「残心、残身(ざんしん)」を作って、「他の敵からの反撃に備える為に、周囲を警戒して、神経を研ぎ澄ませてピリピリしている」
(5) 主に、最終的に勝つ側から、ドバッと血が出る。(「死亡フラグ」的に展開が読まれやすくなるが、ユーザーは、お決まりの展開を望みやすいので故意に変更しなくてもいい)
(6) 先に、血が出なかった相手側が、「バタッ」と倒れる。
(7) 相手が倒れた音を背後に聞いたのを確認してから、「血振り(ちぶり)」をする。
「血振り(ちぶり)」というのは、居合い用語で、「敵を斬った後に、刀を一度強く振るって、刀に付いた血や肉片を地面に振り落とす」事です。(血は乾いて固まってしまうと、その後に、著しく刀の切れ味が落ちたり、斬った時の摩擦が大幅に上がるので、刀が折れてしまいやすくなります)
この「残心、残身(ざんしん)」の独特の演出は、日本武道の独特な文化の演出だと思います。

 

<関連性の非常に高い単語>
・勝って兜の緒を締めよ

| 個人解析辞典 | 04:48 | - | - | -
[アニメ用語辞典] パージ(purge)

アニメ、ゲーム、SFなんかで、今からおそらく20年以上前から使われている用語の「パージ(purge)」という謎単語があって、この単語の使い方って合っているのかなぁ?という疑問がずっとあったので調べてみました。
「和製英語」、「ローカライズ翻訳」、「校正」などに関係する可能性がある単語という事です。
自分のところで書く「辞典」のカテゴリでは、一般の辞典では取り扱っていない謎単語の調査をメインに扱います。

 

([アニメ用語辞典] パージ(purge))
アニメ、ゲーム、SFなんかで、現在、多く使われている用法は、フィギュアの「キャストオフ(cast off)」と同じ意味で、「取り外す」という意味で使われている感じがします。
元々の「キャストオフ(cast off)」は、「金型の鋳型からパーツを取り外す工程」部分の事を言っていた単語です。
しかし、英語の辞典で、元の単語の(purge)を調べても、関連しそうな意味としては、「追放する」、「汚れを取り除く」、「下剤で、異物を外に出す」という意味しか載っていないので、「パージ」=「取り外す」は、間違いなのかなぁ?とずっと疑問だったわけです。

 

([エンジニア用語辞典] パージ(purge))
エンジニア用語で、「エアパージ」という単語があります。

 

(エアパージ (air purge))
(1) 圧縮空気を勢いよく吹き付けて、汚れを取り除く。
(2) ガス管工事などで、中の有毒ガスを追い出す為に、空気を勢いよく流し込んで、元の有毒ガスを取り除く。
(3) [エアコン工事用語] 「エアパージ」とは、「真空引き」といって、真空ポンプを使って、配管内にある空気(や水蒸気など)を「追い出す(purge)」事です。
どうも、このエンジニア用語から、昔のロボットアニメで、「エアパージする」=「吹き飛ばす」=「射出する」の意味で使われるようになったと思われる。
本来の字義の意味のメインの箇所は、「空気によって、汚れや異物を取り除く行為」の意味です。
大体、多くのロボットアニメでは、「パーツが攻撃などで壊れてしまって、それを、圧縮空気圧で射出して取り外す」シーンで使われているので、「エアパージする」の意味だと思われます。
<エンジニアの字義>
(間違い)「エアパージする」=「射出する」
(正しい)「エアパージする」=「空気によって、汚れや異物を取り除く行為」

 

(ロボットアニメ)
ロボットアニメでは、「デッドウエイト部分を切り離す」という意味で、「パージ(purge)」が使われている。
「デッドウエイト」というのは、「不必要な重りになっている部分」の事です。
例えば、ただ操縦するだけならば必要無いが、激しい戦闘になりそうなので、「分厚くて重たい装甲板を貼り付けた」とかいう部分は、パイロットや司令室側から「デッドウエイト」と判断された場合には、「パージ(purge)」して、「デッドウエイト部分を切り離して、機動力を確保する」とかいう使われ方です。
「攻撃を受けてしまって、すでに機能していないパーツ」も、不必要なただの重りに過ぎないので、「デッドウエイト」扱いです。

 

([一般の英語辞典] パージ(purge) 追放する)
一般の英語辞典の主な意味の「パージ(purge) 追放する」の場合には、
(1) 政治的に追放する
(2) 社会の不穏分子を追放する
(3) 社会浄化(難民などの多くいる区画ごと「切り離して追放する」)

こちらの意味の場合には、アニメやSFで、「宇宙ステーション」、「列車」などの区画の切り離しが可能な物体の中で、「ゾンビ」などの「噛み付かれたら感染して広まっていく」などというものが発生した場合に、その区画を「パージする」=「切り離す」ような意味で使われている事があります。
これは、その区画を「パージする」=「区画ごと切り離して追放する」というのが正確な意味のようです。
(間違い)「パージする」=「(宇宙ステーション、列車、難民居住区などの)区画ごと切り離す」
(正しい)「パージする」=「(宇宙ステーション、列車、難民居住区などの)区画ごと切り離して追放する」

 

([IT用語辞典] パージ(purge))
パソコンの「ゴミ箱」のような「復元可能な一時的に隔離する」事や、ウイルス対策ソフトが見つけたウイルス付きデータファイルを、「隔離する」事を、パージ(purge)というようです。
特に、ウイルス対策ソフトが見つけたウイルス付きデータファイルを、「隔離する」場合には、「中央のシステムに影響がない場所に隔離する」という意味です。
攻殻機動隊で、「電脳や人間の脳」と、「電脳につなげられた機械の戦車」などを分離して、「隔離する」シーンで、「パージする」と使っているので、この意味だと思います。
後は、人間が着るタイプのロボットスーツのようなもので、制御ユニットが、「足部」、「腕部」などそれぞれを別の制御ユニットが担当していて、一部分のパーツだけ攻撃を受けてダメージを受けて、例えば、「足部のみの制御ユニットが暴走しているので、それを、中央のシステムに影響がないように隔離する、ような目的で切り離す」ようなケースの場合には、こちらの意味の「パージ(purge)」だと思います。

要するに、「中央のシステムが汚染されないように、あるいは、汚染されつくしてしまわないように、汚染源を、中央のシステムに影響がない場所に隔離する」という意味が、こちらの意味の「パージ(purge)」だと思います。
ハードSFの場合には、ディストピア(管理社会)側の論理としても使える用語です。

 

<類語、関連性の高い字義の単語(個人分析)>
「パージ(purge)」という単語の中心的な字義は、「切り離す」ではなくて、「不必要なものを取り除く事」です。
ですから、個人的な分析では、英語の類語として、「デトックス(detox)(detoxification)(解毒)」=「体内の毒素や老廃物を取り除いて、体の外に排出する」が、似た概念だと思います。
・デトックス(detox)(detoxification)
・除去
・取り除く

 

<細かいニュアンスは合わないが関連のある単語(参考)>
・切り離す
・射出
・取り外す
・隔離する

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